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2007/09/13

正念場に来ている

 昨日午後、安倍首相は、任期途中での辞意表明を行った。
 閣僚たちの度重なる不祥事、官邸スタッフの不手際、参院選挙での歴史的な大敗……、さまざまな困難を抱えながらも臨時国会を強気に乗り切ろうとしていた安倍首相だったが、彼の心労は、想像を絶するものだったようだ。

 友人の精神科医に訊(き)くと、安倍首相の動揺は、精神疾患を抱えた労働者のそれに似ているらしく、そういった労働者の心身の病を根本的に除去するためには会社の方針や労働環境の改善が不可欠なように、安倍首相を襲った強烈なストレスをおおもとから治すためには、小泉内閣時代から強行し続けてきた「構造改革」路線、さらには、安倍首相みずからが掲げた「美しい国」「戦後レジームからの脱却」路線を全面的に軌道修正する必要があると指摘した。

 僕が、安倍首相辞任のニュースを知ったのは、仕事を終えて、マンション近くの中華料理店でチャーハン定食を食べているときの、「ニュース23」だった(遅ッ)。病室からわざわざ出てくるなよ、筑紫哲也、と苦々しく思いつつ、店員の王くん(25)が、慶応大学の大学院入学のために書き上げたという論文「新時代の日本的経営分析」を見せてくれて、これをきちんとした日本語に直してくれないか、と頼むので、仕方ないなと思い、チャーハンをレンゲですくいながら、ほぼ完璧な、その日本文を読みながら、ああ、いま中国人ってのは日本企業の人事管理を必死で身につけようとしているのだな、と感心していたときだった。

 安倍首相が、疲労困憊して倒れ果てた姿を見たとき、僕は、先の参院選挙開票日の翌日未明に息を引き取った作家・小田実さん(75)のことを思い出した。

 国公労連は、昨年11月26日の読売新聞に「憲法9条が未来をひらく」という全面広告を出した。そのとき、一面広告をデザイン中の国公労連教宣部は、作家の小田さんに原稿を依頼したのだが、小田さんから届いた原稿は、まったくの悪筆(失礼!!)で、ところどころ読めるものの、全体の文意を理解するのがたいへん難しいものだった(笑)。作家というのは、まさに一気呵成(いっきかせい)に思いを表現するのだな、と感じるほどの、激しい筆致だった。

 原稿を抱えた教宣部の担当者が、僕のところにやってきて、一緒に判読作業をしようというので協力したのだが、少しずつ明らかになっていく文章、言葉の一つひとつが、やがて僕らの襟を正すような迫力を帯びていった。


 小田実さんは、昨年11月の時点で「正念場に来ている」と書き出していた。


 いよいよ正念場に来ている。安倍新内閣の出現以来、私が考えていることは、これだ。
 これにつきる。正念場は彼らの側、私たちの側、双方に来ている。
 何が正念場に来ているのか。彼らの側、安倍新内閣以下、教育基本法、そして、憲法の改悪をもくろむ彼らの側にとっての「改悪」実現の正念場、そして、私たち、教育基本法、憲法の改悪を阻止して、あくまで「九条」を基本の理念とする反戦、平和の日本を護り抜こうとする私たちの側にとっての正念場……、それが来ている。
 その私が誰であれ、私たちの側にまちがいなく来ている。


 改めて読み直すと、小田さんは、「正念場」という、極めて切迫した重要な局面を意味する表現を使い、「彼らの側」と「私たちの側」との衝突を、見事な対称法を用いて訴えているのだった。
 小田さんの言葉は、一見すると、盤石に見えた安倍新内閣の裏側、国民の抵抗を必死に防衛しなければならない姿を照らし出していた。懸命に悪法を通さねばならない「彼らの側」の苦しみを見抜いているかのようだ。そして、その通り、小田さんが「いよいよ正念場に来ている」と書いた、その正念場で、安倍首相は、とうとう刀折れ矢尽きたのだった。

 もちろん、いま、ここに、平和憲法擁護のために筆をふるった小田さんの姿は、ない。


 「刺し違えた」とは言うまい。


 僕らのもとには、「正念場」と規定した小田さんの適確な言葉だけが残されたのだが、そこから、一人の作家が権力を射抜いた、そのあたたかな文学の力が伝わってくる。

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