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2005/09/05

憲法と国家公務員 その3

 前回、戦前・戦中の官吏制度が、戦争遂行のために国民を総動員させるためにフルに機能したということを簡単に見た。あの戦争が勝利に終われば、深い反省や検討など必要なかったのかもしれないが、負けたのだ。完敗したのだ。
 そもそも天皇のもとに世界を統合するという「八紘一宇」の理念とか日本を中心としたアジア諸国の解放という大東亜共栄圏構想そのものが幻だったのであり、満州国の「建国」に見られるように、他国の侵略の上に成立するものだった。結果論だが、(欧米の自由主義に対立する)理念上から言っても、日本の敗北は必然だったと言える。しかし、特攻隊の学生軍人の遺書や日記を読むと、そのことを理解している者が少数だがいる。当時の官吏のなかにも存在したはずだが、多勢に無勢だったのだろう。

 ここまで書いてきて、勘の鋭い読者は、戦後の国公労働運動がその活動の中心にすえることになる、「民主的な行財政・司法をめざすとりくみ」「国民のなかへ、国民とともに」の遠い起源は、敗戦を契機とした戦前・戦中の国家機能への深い反省にあると気づくはずだ。

 日本国憲法は、第99条の憲法遵守義務のほか、次のような条文を備えている。

 第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
       すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
       公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
       ……

 つまり、僕が理解するところ、日本国憲法は、「戦前・戦中の公務員は、信頼しない」ところから検討されている。戦前・戦中の公務員は、「一部の奉仕者だった」し、公務員にひどいことをされても国民には「罷免する権利」がなかったということだ。そのことの否定の上に、戦後の国家公務員制度が目指されたに違いないのだ(その成立過程には、いろいろな問題はあるけれど……)。
 そして、敗戦直後から雨後の竹の子のように生まれた官公労(公務員の組合)は、まさに戦前・戦中の戦争国家システムの否定の上に成立したと言えるのだ。

 名古屋市出身の作家である城山三郎さんの『官僚たちの夏』(新潮文庫)を読んでみる。
 高度成長のただなかで格闘する「ミスター・通産省」・風越信吾の物語だが、いろいろと考えさせる。彼が、現在の全経済(経済産業省の組合)の前身組合・全商工労組の初代委員長であったことが明らかにされている。
 風越は、組合に大衆討議を導入し、政策勉強会をつくって天下国家を論じる。ノン・キャリア組にも政策論議に参加させる。一方で、無能な職員の不適格リストを作成し、相応の処置を官側に取らせる。

「風越の率いる全商工労組は、…最も戦闘的な組合となった。2・1ゼネストのときには、…最後までスジ論を通し、参加の体制を崩さなかった。行政整理に対しても、断固として反対した」
 
 通産省が、戦中の商工省→軍需省の後身であることを考えるとき、城山さんは書いていないが、優れた高等官僚(キャリア)であった風越が、戦後、組合委員長を引き受けた理由の一つに、戦争の悲しみの担い手には絶対にならないという反省があったからではないか?

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