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2005/09/02

憲法と国家公務員 その2

 とりあえず中日ドラゴンズ、頑張って下さい(笑)。

 さて、名古屋大学法学部の大先輩で、人事院キャリアだった川村祐三さんの書かれた『ものがたり公務員法』(日本評論社)をひもといてみる。
 第一話が「公務員法前史」で、戦前の官吏制度が解説されている。
 川村さんは、「戦前は、公務員法などという法律はありませんでした」と書き出し、官吏の任用・給与・服務はすべて勅令(天皇の命令)によって定められていたと指摘しています。まずは、大日本帝国憲法の下で、いまの国家公務員は、「天皇の官吏」としてあったということだ。
 それから大事なことは、「官吏」の他に、ほぼ同数の「雇員・雇人」と呼ばれる職員が底辺の部分にいて、事務や作業に従事していたということ。川村さんは、戦前の官吏制度――トップに君臨する高等官・判任官、そこから枝分かれする勅任官、奏任官、それから親任官、認証官……末端にいる雇人まで――を、「身分的官吏制度」と特徴づける。高等官などは、食堂やトイレも別枠で設けられていたというから、その差別的扱いに驚く。
 僕の上司が、「いまで言うと、キャリアが高等官で、Ⅱ種以下が雇員・雇人という感じだろうな~」と教えてくれました(笑)。
 
 その上司が教えてくれた本が『官吏・公務員制度の変遷』(日本公務員制度史研究会編・第一法規)で、第4章「昭和前期(第二次世界大戦終了前)」から読んでみる。
 この時期は、大日本帝国憲法の下で、腐敗した政党人に代わって軍部が政治を支配していく時代みたいだ。現役の将官のみが陸海軍大臣になれ、内閣機能が強化されていく。それから、とにかく戦時行政体制を確立するために頻繁に行政組織が変更される時期なのだが、その中心に企画院(国策の審査、国民の総動員計画、国力拡充、予算の統制など)がすわる。企画院をめぐっては、陸軍と海軍が対立し、「事実上は内閣の総動員関係の事務機関たる地位」となったと書いてある。その後、大東亜省(笑)とか軍需省とかが新設されていく。
 このとき、官吏=一般行政官=高等文官になるためには、「高等試験」なる難しい試験に合格しなければならなかったらしい。科目を見ると、いまの国家公務員試験と変わらないようだけれど(笑)。この試験制度も、戦争のなかで何度か改正される。「外交官僚の勢力を国策の下に従属させよう」とか「占領行政などの遂行のため」という目的で、適当に改変された後、最終的には、学生がほとんど動員・召集されるようになり、試験が続行できなくなってしまうんだけど(笑)。
 
 やばい、この本、面白すぎて横道に入ってしまう。
 ……まあ、とにかく、戦前・戦中の官吏制度というのは、(明治から読むまでもなく)近代戦争遂行のために、とにかく国民を総動員させる機能をもたされたシステムで、圧倒的多数の官吏たちが「いかに戦争に勝ち抜くか」という観点から行政を担ったわけなんだな。だから、電力・電波・食料・農地その他の資源すべてを統制的に管理するし、空襲対策と称して道路の拡張を一方的に行うし、優生思想なんかを本格的に厚生行政に生かそうとするし、政党を解散させるし、さらに労働組合も軟弱な一つだけにまとめちゃうし、極端な話、国家機構は、プロレタリア文学作家の小林多喜二を約2時間の拷問で虐殺することまでやってしまったのだ。
 全部、こういうことを担ったのは、最悪なことに、「天皇の官吏」なのだよ。
 
 いまで言うと、郵便・通信・公安・裁判・予算・経済活動・健康と労働・輸送と交通・外交……すべてが、戦争を勝ち抜くために一方的かつ強権的に国民生活に押しつけられる、というイメージかな? そういうことをすべて(普通の)国家公務員が(嫌々)やったわけですよね、きっと。

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