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2005/08/11

フリーライダー(ただ乗り)職員が立ち上がるときに

 国公一般の書記長(僕の上司)が、「この本、オモロイよ」と薦(すす)めてくれたのが、『労働政治』(久米郁男著・中公新書)で、今日、3時間ほどで読了。左右のイデオロギーに絡め取られていない斬新でシャープな労働組合論(あるいは、連合論)として、とても面白く読んだ。
 著者は、1990年以降の連合が、共産党系労働組合の排除に成功したものの、民間労働組合の(国民)経済合理的路線を十分活かせず、失速していったことを理論とデータで論証している。そして、その根底には、日本の労働運動に戦前から存在するイデオロギー対立(必ずしも左右対立だけではない)があることも指摘している。第5章以降で記述される労働組合の戦後史は、特定の思想に毒されていない人にとって、格好の組合入門としても読める。僕は、「こんな風にして組合は、団結と分裂を繰り返し、現在の、二つの系譜が生まれたのか~」と感動してしまった(笑)。国公労連が、橋本行革は「まやかしの改革」であると批判したことなど(P109)、細かいところもフェアに記述しているのにも好感が持てたし。

 しかし、僕が一番新鮮に感じたのは、前半部分、利益団体(あるいは圧力団体)としての労働組合に対する分析だった。難しい理論は避けて、以下の文章を読んでほしい。

 (この30年間で、職場でトラブルが起きたら「事態を静観する」派が半数を占めるというデータを紹介したあと)
 労働者のあいだに、組合を結成することのコストとベネフィット(利益)を合理的に計算し、フリー・ライダー(ただ乗り)を決め込むという行動がより広まった結果、組合の組織化が難しくなっていることがあると推測される。
 (だからこそ?)労働組合に入っていない労働者のあいだでは、組合の必要性が低下せず、むしろやや高まっている。 

 著者は、このあと組合と政治との関係にメスを入れていくのだが、ここで僕は、国公労連と非組合員(フリーライダー)との関係を考えざるを得なかった。国公法では、労働協約締結権が認められていないので、いくら国公労連が政府や人事院と交渉して大きな成果を勝ち取っても、組合員だけでなくすべての国家公務員にその「恩恵」が与えられるシステムだ。事実、今回の人勧をめぐっても、相当、国公労連の追及と運動が当初の(不合理極まりない)改悪提案を押し戻してきたが、それがフリーライダーには、所与のものとして映る。
 しかし、いま、政府と人事院は、霞が関を中心に増えるフリーライダーの存在を見据えて、職員の労働条件を好き勝手に変更しようとしている。ただ乗り職員が広がるのをいいことに、「組合には、もう力はない」と決めてかかって無法を野放しにしている感じだ。
 くしくも今日は、人事院勧告の内容が勧告日前にメディアに漏れた日(人事院がリークした日)でもあり、組合との誠実交渉義務さえ反故(ほご)にされつつあるのは、本当に憂うべき事態なわけだ…。
 
 まあ、こんなことを問題意識として抱えながら、これからのオルグ活動を慎重に進めていきたいと思った。
 …僕らの要求は、単なる一党派や政治的ファクターによって潰されたり、萎縮(いしゅく)したり、変更するような弱くて軟(やわ)で曖昧(あいまい)なものじゃないと確信しているんだけれど、ね。

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コメント

 組合の定時退庁日の呼びかけの鐘が鳴らされるとき、上司が「うるさいなぁ!」と言っているような雰囲気の職場環境では、若手の下級職員が組合に入る勇気など到底出せそうにありません。

投稿: | 2005/08/18 午後 12時15分

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