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2005/08/31

憲法と国家公務員 その1

 僕が護憲論者となった理由はいろいろあるけれど、もっとも根底にあるものは、少年の頃に中沢啓治『はだしのゲン』に出会い、高校生になって井伏鱒二『黒い雨』を読んだことかもしれない。どちらもアメリカが広島に落とした原爆が何をもたらしたかを描いた漫画と文学で、とにかく「戦争はイカンな~」「戦争は悲しむ人をいっぱいつくるんだな~」と強く印象づけられた記憶がある。このとき、たぶん僕は、素朴平和主義者となったと思う(笑)。
 だから、名古屋大学の法学部で憲法を学んだとき、「日本と世界の多大な犠牲を払った上に、戦後憲法の平和条項が生まれた」「徹底的な、不戦の誓いとしての日本国憲法」という教えが、すんなり理解できたのかもしれない(友だちのなかには、攻められたら何も出来ない「丸腰憲法」などと批判する人もいたけれど…)。
 名古屋大学では、僕が入学する前に先輩たちが「平和憲章」という規範を全構成員自治のもとで確立させており、戦争にかかわる研究は拒否するというラディカルな精神が生きていた。だから、当時の僕は、「戦後生まれのわれわれには、戦争責任こそないけれど、日本国憲法下において、未来永劫、戦争を起こさないという『未来責任』がある」という主旨の論文を書き、大学生協主催の懸賞論文コンクールで第1席をもらうことができたのだ(副賞は沖縄旅行で、この目で米軍基地なるものを初めて見させてもらった)。
 とにかく、僕にとっての護憲を支えるものは、「戦争は嫌だ」という素朴な感性と自分の五感で捉えた経験なのだ。蛇足だが、他人が「従軍慰安婦などなかった」と言っても、僕にとっては、韓国で会ってきた「慰安婦」ハルモニの実体験の方が勝るのだ。その逆に、「戦争はだめ」と口先だけで言う若者より、悲惨な戦争体験をくぐった元軍人から聞いた「殺さねば、自分が殺された」という言葉の方が、護憲を支える真実だと思うのだ。

 卒業する時点で、弁護士になろうか公務員になろうか、民間に行こうかなどと迷ったのだが、結局、10年経ったいま、こんな仕事をしているわけだが(笑)、僕の護憲思想は、ますます強力なものになりつつある。とりわけ、憲法と国家公務員というテーマは、本当に奥が深いと感じている。
 本来、法律屋である国家公務員は、基本法としての日本国憲法を徹底して学ばねばならない立場にあるはずなのに、経験的に言わせてもらうと、ほとんど学んでいないのではないか? ある日、別の省庁から40代キャリアがやってきて「いまから、法律つくるぞ~」という安易な号令のもと、約1カ月間の不眠不休の突貫工事が始まり、○○法案が仕上げられる……という霞が関において、自分がつくっている法律が日本国憲法の精神と合致しているかどうかということは、ほとんど検討されない。
 そもそも小泉首相が、「憲法を改正する」と公言し、すべてをワンフレーズで単純化し、裁断する状況のもとで、改めて日本国憲法の条文に立ち返ってみるとか、60年前に終わった戦争の実相を検討してみるとか、果ては自分の仕事との関わりを考えてみるとかいう面倒くさい作業は、ただでさえ忙しい国家公務員には、ほとんどできないことなのだ。
 
 さて、これから本論。
 日本国憲法の条文のなかで、極めて異彩を放っているものがあり、それは第10章の「最高法規」にある第99条なのだ。

 第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
      この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 初めて憲法を通読したとき、僕は「なんだ、これは?」と思った。
「公務員は、アプリオリ(先天的)に無条件に、この憲法を守れってのか?」
 この問いが、戦前・戦中の国家公務員(官吏)制度について考える旅の第一歩となったのだ。

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2005/08/29

国民の生活を守るフォワードとして

 国公労連第51回定期大会は、1.憲法9条守る、2.公共サービスを儲けの対象にする動きに反対する、3.非常勤職員など国公職場で働くすべての職員の組織化という運動方針を満場一致で決め、無事に終了しました。討論では、05人勧の運動の総括をめぐって激しい議論が交わされ、また、憲法を活かす取り組みや各地で好評を博している行政「なんでも」相談所の活動などが紹介され、多彩で熱い内容だった。
 
 僕が、今回の大会で感じたのは、国家公務員とは何者か? というものだった。
 それは、小田川書記長が運動方針案の提起のなかで、「いま、公務とは何か? どこまでを税金でまかない、どこまで公務員が担えばいいのか? が問われている。 われわれは、この大会でどのように答えるのか」と討論を呼びかけたことに関わる。
 それゆえ、国家公務員が憲法九条を守るたたかいや決意とともに、激しい公務員バッシングの嵐なかで小泉内閣が進める公務員の総人件費の削減と公務の民間開放施策に反撃する発言が相次いだのは必然だった。
 全労働(旧労働省の組合)の代議員は、労働行政の民間開放の危険性について発言した。
「私が働いている労働基準監督署には、民間企業の賃金不払い、職場いじめ、残業未払いなど劣悪な労働実態が寄せられている。儲けが第一、権利は二の次という民間手法が労働行政に導入されれば、われわれが維持してきた専門性や公平性を放棄することになる。労働は商品ではありません」
 東北ブロックからは、「05人勧による公務員の賃下げは、民間労働者への新たな賃下げ攻撃につながるものだ」と言い、全国の税務署職員でつくる全国税の若い代議員からは「政府税調の試案では、30代後半の独身サラリーマンで約30万円以上の増税になる。これでは、若者は食っていけない。増税反対運動の先頭に立ちたい」と力強く発言しました。青森県国公の役員は、「百貨店で開く行政なんでも相談会が市民に好評です」と労働相談、法律相談など職場の専門性を活かして国民とつながっている様子を紹介しました。
 とどのつまり、公務員リストラへの反撃には、国民と共同した民主的な行政・司法の取り組みが不可欠だという認識が広がった討論だった。

 3日間に及ぶ討論を受けて、堀口士郎委員長は、「大会は、公務の公共性を守るたたかいをライフワークとし、改憲を断じて許さない国公労働者の姿勢が真摯に語られたものになった。われわれは、国民生活を守るフォワードとしてがんばろうではないか」と呼びかけました。「フォワード」というのは、サッカーやラグビーなどの用語で、辞書で調べたら「自軍の前方に位置し、攻撃を担当。前衛」とある。僕は、改めて気持ちが引き締まり、「小泉首相が言うような、己の保身のために公務員をやっているわけじゃねーぞ」と気合を入れた。

 さあ、この秋から、「職場九条の会」の組織づくりや「国民の暮らしを守る」署名を軸にした、国民との総対話運動が始まる。

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2005/08/26

酔っ払うのである。

 組合の大会で、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論をしたあとは、お酒を飲んで酔っ払うのである。
 台風がやってきているというのに、大門で飲みまくり。
 組合の仲間の熱く、優しい心に、ペーペーの僕は癒されるのである。
 
 大会の議論については、きっちりと報告します。各省のさまざまな取り組みや現状がよくわかりましたから…。お楽しみに。

 お姉さん、お水、ください~い(笑)。

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2005/08/23

明日から国公労連大会

 明日から26日まで、都内で国公労連第51回大会が開催されます。
 国公一般も単組の一つとして参加します。

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2005/08/22

非常勤職員さんの涙 その3

 涙にくれる非常勤職員さんの悩みをいかにして解決するのか? 
 ここに、僕が担当している国公一般の大きな課題がある。解決する上で気をつけていることは、スピードと納得だ。

 彼女もこれまで相談に乗ってきた非常勤職員さんと同様、同じことを言ったのだ……、
「退職と引き換えに、いじめてきた相手に言いたいことを言いたい」
「心のなかにあるものを言って、辞めたい」
 組合活動や、そもそもみんなで連帯して何かを成し遂げるという経験のない若い職員さんから出てくるのは、「退職」「辞める」という言葉だ。何かを主張することは、職場の和を乱すことであり、言った途端に村八分になり辞めなくてはならない、さらなるいじめや嫌がらせが待っているかもしれない……、そう考えると、「退職と引き換えに」という自爆戦法がまず思い浮かぶのは、当然かもしれない(僕でさえ、高校時代の文化祭ぐらいしか共同体験はないけれど)。彼女らは、あとさき考えずに、独りで上司にかけあい、妨害にあい、口止めされるのがオチなのだ。
 だから、スピードが必要なのだ。彼女たちは、心が苦しい思いでいっぱいいっぱいなので、早くなんとかしたい、一刻も早くなんとか解決してほしいと焦っている。組合に相談したけれど、解決まで何カ月もかかるようでは、不満は残るが職場を辞め、民間派遣会社に登録し新しい職のアポを待つ方がいい、ということになる。
 全国の自治体で、いま、非常勤職員の女性たちが解雇撤回を訴えて何年もの裁判をたたかっていることなど誰も知らない。
 
 僕は、彼女が働いているフロアにいる仲間(組合員)に連絡を取り、協力を要請する。同時に、彼女には、何月何日何をされたのか、どういうことがあったのか、の克明なメモを作成してもらう。もちろん、「異常な」上司から送られてきた「異常な」メールは、全部プリントして保存してもらう(笑)。

 僕の頭にあるのは、とにかく当局交渉なのだ。
 交渉は、組合が持っている最大の武器と言ってもいいかもしれない。交渉につなげれば、希望につながる何かが出てくるという確信がある。「退職することと引き換えに刺し違える」と決意している彼女なのだ、交渉に出てもらい、事実と道理で人事担当者に訴えることは簡単なことだろう。もちろん彼女の身を隠し、僕が代理人として交渉に臨んでもいい。どちらにせよ、交渉では、メモに残した事実が力を発揮するのだ。2回ほど交渉すると、こちらの本気さと深刻さが相手に伝わり、異動や注意など解決に向けた努力が払われる。
 彼女は、「は、はい…メモ、必ずします。あのフロアに、こんなにたくさんの仲間がいたなんて知りませんでした」と笑った。悩んでいる人も、連帯できる人も、きっと1人ではない。

 この前、ある外郭団体の非常勤職員の退職強要を撤回させるために、当局交渉を設定し、委員長と僕が出たとき、相手から「お前らは、やくざか総会屋か!」と罵倒されたことがあったが(笑)、こちらが労働法を机の上に開いて、労働組合の要件や誠実交渉義務について諄諄(じゅんじゅん)と説明してあげると、相手も理性的になるという面白い経験をした。霞が関の「異常な」連中に、こうした理性が通用するか少し不安はあるけれど(笑)。
 まあ、とにかく全力で彼女を守ることが第一なのだ。
 頑張るぜ!! 

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2005/08/18

非常勤職員さんの涙 その2

 僕の目の前で、ポロポロと涙を落とす彼女を見ながら、伏目がちに思い出さざるを得なかったのは、当局の言葉だった。

 国家公務員の使用者たる国、その交渉窓口である総務省当局は、非常勤職員の待遇や労働条件問題を正職員との均等待遇の観点から理解しない。当局は、口を開けば「正職員の適正配置」などと言うのである。彼らの論理からすると、非常勤職員は、臨時的な、あくまで正職員の穴埋めとして存在する。だから、職場のポストを適正に配置することで将来的には非常勤職員の制度はなくなると本気で思っているのだ(笑)。
 非常勤職員が正職員の代わりにサービス残業してんだぞ、おい、……当局は、アホか!
 では総務省は、本気で各省に「適正配置」の号令をかけているか? 本気でやる気があるのなら、霞が関の全職場を洗い直して、早急に定員の再配置をしてほしい。忙しいところには定員増を、暇な職場は定員削減を、仕事の出来ない、トラブル職員には配置換えを(あるいは業務遂行のための訓練を)行ってほしい(笑)。
 
 それから、忘れてならないのは人事院当局だ(笑)。
 8月初旬の交渉で、国公労連は「非常勤職員にただ働き残業をさせていいのか!」「通達が変わっても非常勤には説明がないのはどうしてか?」「研修が不十分」「セクハラ・パワハラがまかり通っている」「セクハラ苦情相談窓口があることも知らせていない」「民間でいう就業規則の提示はなく、当局は、法律に書いているからと逃げる」とガンガン追及させてもらったが、人事院は何と言ったか?

非常勤の具体的な話はひどい話で、そこまでの実態があるのか…との認識だ。民間企業の実態を見ながらひとつひとつ把握していかなければならない

 …ったく、他人事みたいに言うなよ。非常勤職員一人ひとりの生活と人生と、プライドがかかってんだぞ。僕は、思わず唾(つば)を床に吐きつけたくなった。僕みたいに職場に足を運んで非常勤職員から話を聞けば、いたるところで彼女らの不満――苦しみと悲しみが渦巻いているのがわかるじゃないか!!
 人事院「非常勤職員については、常勤職員とは異なり、必要な限りにおいて任用されるという性格があり、常勤職員と同一の勤務条件を認めていくことは困難である」
 →だから、彼女たちにサービス残業させている現実をどう責任取るっていうのか?
 国公労連は、「人事院が非常勤の実態把握をしないことが、公務における腐敗ともいわれる無法な状況を黙認する根源になっており、非常勤全般の問題を人事院として検討すべきだ」と念を押して訴えだが、こうしたことが霞が関では組合以外からまったく周知されていないことも問題なんだ……。

 ああ、またまた、書いているうちに怒りのボルテージが上がってきてまとまらなくなった(笑)。
 このへんでキーボードから指を離そう。 

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2005/08/16

非常勤職員さんの涙 その1

 今日のお昼、ある省の食堂で非常勤職員さんが涙を流すのを初めて見た。
 労働相談に耳を傾けているときで、彼女は「…こういうこと、誰にも話せない。信頼に足る人ほど、ものすごく忙しくしているから」と呟き、涙をポロポロと落とした。僕は、コンビニで買ってきたパンに手をつけることができず、いま彼女の胸いっぱいに広がっているものを想像せざるを得なかった。

 彼女は、この間、メールでやりとりしてきた霞が関の事務補助員さんだった。匿名のメールが本名に変わり、今日、誰にもわからないように別の省庁の食堂で会った。この1年間、たくさんの非常勤職員と会って話をうかがってきたけれど、今回もいつもの通り、メール相手と初めて会うときはぎこちないものだった(笑)。頭を下げて挨拶(あいさつ)、着席、深呼吸…、「どうも、国公一般の担当をしている○○です」。

 霞が関の非常勤職員の要求は、「働きやすい職場にしてほしい」という簡単なこと。セクハラ、パワハラ、いじめはやめて!! なのだ。彼女の悩みも変わることがなかった、……職場の「異常さ」を告発するものだった。正確に言うと、上司を筆頭にして係員までの「異常さ」だ。いまのところ、詳しく書けないけれと、異常な職員を批判できない、職場丸ごとの「異常さ」だった。
 怒りを通り越して、呆(あき)れてしまうほどだった。
「……わたしが一番許せないのは、上司や年下の係員たちの、わたしたち非常勤職員に対する暴言やいじめ、執拗(しつよう)な監視なんです。彼らは、ほとんど仕事していないときがあります。ふと思い出したように、憂さを晴らすようにいじめをするんです。こちらが必死で仕事しているとき、彼らがのんきに携帯でメールチェックしているのを見るのは、本当に情けないです」

 僕は、相談相手には悩みだけでなく、労働条件がちゃんと守られているかを必ず訊くのですが、彼女の場合、連日のように午後8時ぐらいまで残業させられていて、残業代が払われていないことがわかりました。仕事も「事務補助」の枠をこえて、正職員となんら変わらない内容だった。
 彼女は言う、「サービス残業でもいいんですよ、だって、同じ仲間たちの手伝いをするんですから」。なんとスマートな女性(ひと)なんだろう! でもね、国が、非常勤職員にサービス残業をさせるなんて違法というか、当局の言っていることに反していることなんだ、納得しちゃ駄目だよ。
 そう言うと、また彼女の目から涙がポロポロ落ちた。
「わたしの悩みは……、信頼に足る正職員の人ほど忙しかったりするので、こういうこと、なかなか相談できない。わたしたちを人間とも思わない人たちの職場のなかで、もうギリギリなんです」
「……もう辞めたいです。辞めることと引き換えに、相手に言いたいこと言いたい」
 僕は、彼女の泣き顔を見ながら、この8月に乱発された、当局の無責任な発言を思い出さざるを得なかった。
 
 ああ、書きながら怒りのボルテージが上がってきて、暴走しそうだ。
 今夜は、ここまで。

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2005/08/15

05人勧で給与をシュミレーションする

 賃下げと職員の和を分断する人事院勧告が出ました(世間的には小さな出来事ですけど)。

 「国公労新聞」人勧特集号を読む。やはり、見出しにあるように「政府・財界の総人件費抑制攻撃に迎合した」人事院という印象はぬぐえない。僕的には、「政府・財界に屈服した人事院」と書きたいくらいだ。

 …で、ページを開いて、ドーンと載っている「行政職俸給表(一)」を使い、恒例のシュミレーションをしてみる(笑)。
 大卒本省Ⅱ種、35歳、4級10号(特別昇給2回)で、勧告後の給与はどのように変わるのか?

 現在4級10号(特別昇給2回) で29万3千600円 → (改悪給与法が国会で決まれば、29万2千700円になり)来年4月1日から新3級に統合されると、28万3千200円になる。結果として、な…、なんと月額が約1万円ものマイナス……。年間12万円(絶句)。
 隣りの席にいる先輩が、「新しい俸給表には、四分割された額があるだろ?」と声をかけてくる。なるほど、これまで一号俸としてまとめられていた部分が、四つに刻まれていて、125号俸まで続く。
「25%のデキル職員は、その部分を6号俸とか8号俸昇給する仕組みなんだよ。お前のような、ごくごく普通の人間は、せいぜい4号俸どまりだ」
「特別昇給とは、どう違うわけですか?」
「宝くじで例えれば、これまでの特別昇給は高額当たりくじしかなかったものが、これからは少額当たりくじを多めにつくって今までより多くの人が恩恵をうけるって感じかな。これまでは7人に1人だったのが、これからは4人に1人が特昇するということ。人事院は、各省の管理者は、それくらいの査定はできるだろうと踏んでいるんだ」
「じゃあ、特昇がよりフラットになって、良くなったわけですか?」
「バカ、評価基準があいまいなままであることを考えれば、管理者は、これまで以上に気軽にテキトーに査定することになるだろう。それで、10年働いて気がついたら、どれだけ格差が生まれていることか……」
「僕の場合、C=良好職員として4号俸上がって29万600円。A=極めて良好職員は、8号俸の特急昇給で29万7千900円。月額は約7000円の差が生まれる。これがボーナスを含めると年間16.45カ月だから、その数字でかけると、11万5千150円もの格差が生まれることになる。毎年どんどん気軽で勝手な査定が行われていくと、125号俸まで続く枠のなかで、職員の給与はバラバラになって差がついていくわけだ…」
「本省でも地方出先でも公務はチームワークだからな。共同して認可や調査をしている職員にあいまいな査定基準のものさしが当てられて、どんどん仲間との給与額が開いていくわけだ。機械的に考えても10年間で100万円の年収の違いが出てくる」
「どひゃー」 
「まあ、年収2倍の格差がついた富士通ほどではないが、無責任な評価が乱発され職員のモチベーションが下がった富士通と同じになる可能性が大だ(苦笑)」
「それは嫌だな~。…どうすりゃいいんですか?」
「そこで、国公労連と各省の労働組合の力が必要になる。当局との交渉のなかで、制度の運用から評価の基準作りまで詰めていく必要があるんだ。人事院勧告が出ても、たたかいは終わらないという意味がわかったか?」
「は、はい」
 僕は、凍ったようにしばらく新俸給表を眺めていた(笑)。

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2005/08/11

フリーライダー(ただ乗り)職員が立ち上がるときに

 国公一般の書記長(僕の上司)が、「この本、オモロイよ」と薦(すす)めてくれたのが、『労働政治』(久米郁男著・中公新書)で、今日、3時間ほどで読了。左右のイデオロギーに絡め取られていない斬新でシャープな労働組合論(あるいは、連合論)として、とても面白く読んだ。
 著者は、1990年以降の連合が、共産党系労働組合の排除に成功したものの、民間労働組合の(国民)経済合理的路線を十分活かせず、失速していったことを理論とデータで論証している。そして、その根底には、日本の労働運動に戦前から存在するイデオロギー対立(必ずしも左右対立だけではない)があることも指摘している。第5章以降で記述される労働組合の戦後史は、特定の思想に毒されていない人にとって、格好の組合入門としても読める。僕は、「こんな風にして組合は、団結と分裂を繰り返し、現在の、二つの系譜が生まれたのか~」と感動してしまった(笑)。国公労連が、橋本行革は「まやかしの改革」であると批判したことなど(P109)、細かいところもフェアに記述しているのにも好感が持てたし。

 しかし、僕が一番新鮮に感じたのは、前半部分、利益団体(あるいは圧力団体)としての労働組合に対する分析だった。難しい理論は避けて、以下の文章を読んでほしい。

 (この30年間で、職場でトラブルが起きたら「事態を静観する」派が半数を占めるというデータを紹介したあと)
 労働者のあいだに、組合を結成することのコストとベネフィット(利益)を合理的に計算し、フリー・ライダー(ただ乗り)を決め込むという行動がより広まった結果、組合の組織化が難しくなっていることがあると推測される。
 (だからこそ?)労働組合に入っていない労働者のあいだでは、組合の必要性が低下せず、むしろやや高まっている。 

 著者は、このあと組合と政治との関係にメスを入れていくのだが、ここで僕は、国公労連と非組合員(フリーライダー)との関係を考えざるを得なかった。国公法では、労働協約締結権が認められていないので、いくら国公労連が政府や人事院と交渉して大きな成果を勝ち取っても、組合員だけでなくすべての国家公務員にその「恩恵」が与えられるシステムだ。事実、今回の人勧をめぐっても、相当、国公労連の追及と運動が当初の(不合理極まりない)改悪提案を押し戻してきたが、それがフリーライダーには、所与のものとして映る。
 しかし、いま、政府と人事院は、霞が関を中心に増えるフリーライダーの存在を見据えて、職員の労働条件を好き勝手に変更しようとしている。ただ乗り職員が広がるのをいいことに、「組合には、もう力はない」と決めてかかって無法を野放しにしている感じだ。
 くしくも今日は、人事院勧告の内容が勧告日前にメディアに漏れた日(人事院がリークした日)でもあり、組合との誠実交渉義務さえ反故(ほご)にされつつあるのは、本当に憂うべき事態なわけだ…。
 
 まあ、こんなことを問題意識として抱えながら、これからのオルグ活動を慎重に進めていきたいと思った。
 …僕らの要求は、単なる一党派や政治的ファクターによって潰されたり、萎縮(いしゅく)したり、変更するような弱くて軟(やわ)で曖昧(あいまい)なものじゃないと確信しているんだけれど、ね。

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2005/08/09

議案の1次案、書きました…

 やっと議案の1次案を書き上げました。
 今週の木曜日、国公一般の4役会議を開いて、具体的に意見を出し合い叩いてもらい、来週の執行委員会に議題としてかけます。その論議を経て修正して、全組合員に渡して一カ月の討議にかけ、2次案、3次案と発展していきます。いや…、発展していけばいいんですが……。

 とにかく具体的な取り組みが上手く書けなかったんですよ。ここ一週間、頭痛の連続でした。
 そもそも僕一人の頭では、たかだか限られているわけで、ここは組合、集団的な知恵を寄せ合っていくしかないということがわかった日々でした。
 ここでも落合監督ばりの深い信頼です、信頼(笑)。
 
 (関係ないけど)名古屋人としては、中日が優勝する年には政変が起きるというジンクスがあり、「郵政解散」が起きた時点で、僕的には、今期の中日優勝はほぼ決まりました。

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2005/08/08

「郵政解散」に(長めの)一言

 組合活動をしている僕の目から見ると、「郵政解散」は、大賛成である。
 なぜなら、国公労連は、小泉首相が「構造改革の本丸」と位置付けた郵政民営化法案に徹底的に反対し、郵政産業労働組合と全国キャンペーンに取り組んできた。その(小さくはあるが)声と運動が自民党内の造反議員に(小さな)勇気を灯すことになり、その結果、組合の要求通り、欠陥だらけの法案は参院で葬り去られたからだ。首相が不満だというなら、この法案の必要性を、国民に訊くのは、当然のことだろう。

 僕らが先週4日、人事院前で終日の座り込みをしていたとき、隣りの日比谷野外音楽堂では、連合の郵便労働者の組合が5500人を集めて決起大会を開いており、僕は興味本位でのこのこ見に行ったのだが、自民・綿貫議員と民主・川端幹事長がそろって招待されていて、「組合の私利私欲のために反対しているのではない、郵便局は国民の宝なのだ!」と言えば、怖いぐらいの熱狂的な拍手が飛んだ。僕は、あっ、これは参院で間違いなく否決されるな…という実感を持った。
 
 霞が関で働く(法律屋の)職員の目から見ると、「郵政解散」は、当然の帰結だった。このブログでも暴露したけれど、総務省官僚作成(?)のアンチョコを読むまでもなく、法案そのものがボロボロだった。問題点がありすぎなのだ。それを小泉内閣は、付帯決議つけるとか再修正を確約するからとか、きわめてアンフェアなやり方で造反議員を寝返らせようとした。農水キャリア出身の永岡議員がどう喝に屈服し、しかし、自身の良心に耐え兼ねて自殺したとするなら、結局、霞が関の官僚の典型的な結末だった。キャリアに決定的に欠けているのは、ノーと言える勇気と部下の責任を背負う懐の深さだと書いてきたが、法案に対する態度にも言えるのだ。

 先月末、財務の主計の連中と話したとき、彼らの口から簡単に「庁費を削れと民主党が強く言っているので、なかなか君の言うようにはならないよ」という言葉が出てくる。僕の、「霞が関の非常勤職員の給与を、机や椅子を買う雑費である庁費から出すというのは、おかしいのではないか? 各省庁で日給も違うわけで、統一した基準と予算の増額が必要じゃないか?」という問いに対するものだった。
 最近、とにかく組合活動を突き詰めていくと、どうしても政治の問題にぶち当たるのを実感している。国公労連は、ズブズブ連合のように組合員に民主党・社民党支持の強制や選挙動員をしないが、組合員に対して投票に役立つような情報提供はする。僕自身は、自民・民主・社民・共産の議員とのパイプを上手く利用しながらやってきたが(笑)、曇りのない眼で付き合うと、真実がわかってくる。

 今度の選挙は、「郵政解散」ではあるが、骨太方針にある公務員削減(総人件費の削減)や、にわかに出てきたサラリーマン増税など、とにかく僕らの生活全般における小泉「構造改革」路線への最終的な審判にしなくてはならない。

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2005/08/03

議案の書き方

 「たたかいは、また来週」とか書いておきながら、なかなかブログが更新できないのは、いま国公一般第3回大会(今年10月予定)の方針議案を書くのに四苦八苦しているからだ。もう考えるだけで頭が痛い……。
 方針議案というのは、その一年間の活動の基本となる文書のことで一番大切なものなのだ。
 この一年間、ブログで書いてきた国公一般の活動は、風の吹くまま気の向くままにやってきたのではなくて、昨年の大会の方針にそって具体化したものを粛々とやってきたのだ。僕の勝手し放題のように見えて(笑)、実は、大会の集団的な討議で決められたことの具体化なのだ。だから、その方針が揺らぐと活動全体がブレていくので、方針議案は、本当に大切なものなのだ(議案は、昨年の「新・霞が関情報」にアップしていますので参照してください)。さらに必要なところは、秋季方針や春闘方針で補強されていく。

 方針議案は、国公一般の活動の大きな基本のことだ。それを決めると、中期戦略(三年間ぐらい)と単年度の獲得目標、そして具体的な活動方針の提起が必要になる。僕が苦しむのは、具体的な活動がマンネリになるのをどのように乗り越えるかということ。「調査を活発にやります」「宣伝を広げます」とか「労働相談を進めます」とかは誰でも書けるけど、それぞれをどのように「活発に」「広げ」「進める」のかが、工夫のしどころなのだ。
 例えば、今年2月に行った「霞が関ウォッチング」は、これまで誰もやっていなかったことに手をつけて、霞が関の「不夜城ぶり」を多くの人に理解してもらったという点で肯定的な総括ができると思うけれど、これを毎年やってもあんまり意味がないというか……。ああ、頭が痛い(笑)。

 それから議案作りで、技術的に大事なことは、短く簡潔に具体的に書くこと。国公一般のような小さな組合ほど身の丈を知る必要がある。言い換えれば、出来そうなことを必ず出来るようにイメージ豊かに書くことだ。このブログのように、ダラダラ、グネグネ、テキトーに書くのが大得意な僕には、これまた難易度が高い作業なのだ(笑)。
 部長からは、「締め切りが過ぎてるぞ~」とプレッシャーがかけられる。ああ、今夜、眠れるかな~。

 ところで今朝は、内閣府前でのニュース配り。先月から、麹町署の警察官から妨害を受けてきましたが、それを跳ねのけて、300枚を完全に配布することができました。異動の多いおまわりさんは、われわれ組合の主張をちゃんと引き継ぎしてほしいよ(笑)。

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