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2005/06/30

集会の報道 その1

 最近、メディアの取材を受けるようになってきました。この前、ある省の当局の方から、「きみが『がぶり寄り』を書いていたのか! 読ませて勉強させてもらっている」などと言われたし(笑)、このホームページ(ブログ)は、誰に読まれているのかわからないのでちゃんと書こうと、改めて思っています。

 それで、先週開催した第4回「非典型」職員交流集会の模様を、連合通信の記者が大きく記事にまとめてくれたので、許可を得て、以下に2回に分けて転載させてもらいます。連合通信という新聞社は、世界と日本の労働問題の記事を配信しています。
 集会の発言、特徴など全体をカバーしている、さすがに新聞記者だと感嘆する記事です。

 職場の「戦力」をなぜ切るのか/国公労連の非典型交流集会/雇い止めに怒り相次ぐ(見出し)

 国公労連は6月25日、東京で第四回「非典型」労働者交流集会を開いた。非常勤職員ら約100人が参加。雇い止めに対する不安や怒り、お茶くみ・セクハラなどの実態告発が相次いだ。過去三回の集会に比べ、非常勤職員自らが権利主張する発言が増え、要求前進の報告もあった。
 公務リストラが進むなか、非常勤だけでなく、派遣・請負、委託などさまざまな雇用形態の労働者が公共サービスの職場で急増している。こうしたことから、集会の名称も昨年までの「非常勤労働者交流集会」から「非典型労働者交流集会」に変更した。
 集会では、三年上限などの雇い止め問題が大きな焦点になった。仕事は恒常的にある上、「非常勤は職場に不可欠な戦力になっている」状態で、なぜ人を入れ替える必要があるのか、という異議申し立てだ。
 事務補助を中心に定員外職員が全国に700人いるという運輸の職場。全運輸は「地方航空局では一般職員と同じ仕事をしており、戦力として組み込まれている。その戦力を3年で新しい人と入れ替えるのは職場にとって大きな問題だ」という。
 ハローワークの相談員からも「職員よりも求職者の気持ちが分かるつもり。相談員なしでは仕事は回らないのに、雇い止めの不安を抱えて働いている」との訴えがあった。
 今年4月に全港建組合員になったばかりの非常勤職員は「職場にとって長くいてほしい人も、そうでない人も一律に三年で切ってしまうのは不思議」と話していた。
 今年4月に独立行政法人化した国立病院では、旧賃金職員が3年期限の非常勤看護師に移行した。全医労は「きつい仕事でどんどん人がやめている。そんな中で3年続いた人をやめさせていいのか」と提起。社会保険庁の職場からは「3年でやめさせて、求人したところ、(社保庁をめぐる)今のご時勢で応募がなかった」との実情も報告された。

●悔しさの共有を
 雇い止め問題に労働組合がどう向き合うか。この点で正規職員側からの訴えが続いたのも今回の特徴だ。
 全運輸の地方役員は「6年期限の人たちがこの3月、いっせいに雇い止めされた。労働組合の看板を掲げながら首切りを阻止できず、組合の役割を果たせなかった。悔しさでいっぱいだ」と述べ、雇い止め問題で引き続き頑張ると表明した。
 非常勤職員120人を組織している全労働北海道支部の幹部は「努力したが、3月に組合員30人が雇い止めになり、私も本当に悔しい。その人の人生がかかっている問題なのに、年数で一律に切るなんて。この悔しさを常勤職員は共有してほしい」と強調。さらに組合員を増やし、今年度は理不尽な雇い止めをさせないと決意表明した。

●一部で要求前進も
 組織化と合わせ、要求前進を勝ち取るところも出てきた。四国地本を中心に組合員を増やしている全港建では事務服の貸与や、一部の専門職で雇用期間延長を実現している。
 九州の建設の職場では今年2月、非常勤全員が期間途中での解雇を通告される事件が発生。全建労が支援して解雇を撤回させた。組合に加入した非常勤の女性は「今回の事件ではじめて全建労を知りました。組合で一生懸命やって、期間いっぱい働き続けます」と話していた。
 全建労の四国では、非常勤職員の声をきっかけに「セクハラアンケート」に取り組んだところ、非常勤職員の55%がセクハラありと答えた。実態を踏まえて当局の認識不足を追及。局長から「組織全体の問題として取り組む」ことを約束させた、という。
「連合通信・隔日版」

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2005/06/28

雇い止めはやめよ!

 国公労連は、先週の25日(土)に、第4回「非典型」労働者交流集会を開催したのですが、国の関係機関で働く非常勤職員さんを中心に105人も参加がありました。職場のさまざまな問題が明らかになり、正職員との均等待遇を勝ち取ろうと決意を固め合いました。本当にいい集会でした。

 堀口士郎委員長は、「公務職場で多様な雇用形態で働く仲間との総対話をすすめ、創造的な国公労働運動に挑戦する」と力を込めてあいさつ。小田川義和書記長が基調報告し、「組織化の大きなうねりをつくるため率直な議論を」と呼びかけた通り、集会は、非常勤職員さんが自分の言葉で、いきいきと要求や問題点を訴えるものになった。政府の国家公務員削減方針で、非常勤職員がいなければ公務の職場がまわらないという実態と劣悪な労働条件が浮き彫りになったと言っていい。

「業務研修で職場を離れた正職員の穴埋めをしているのに、なぜ私たちは研修が受けられないのか」
「交通費を支給してほしい」(職業安定所の相談員)
「正職員にある夏期休暇がない。日給制なので休めない」
「飲み会でのホステスあつかいは許せない」
「3年で雇い止めは、とても不安」(いずれも国土交通省の事務補助員)

 同時に、非常勤職員が組合に加入することで要求が実現し、組合活動が活性化している報告が相次いだのも今回の集会の特徴だった。
「組合に入って当局交渉にのぞみ、雇い止めを撤回させた」
「組合員を増やし雇用継続を勝ち取ってきた。労働者の誇りを持って立ち上がろう」
「正職員の差別意識を克服して非常勤職員に加入を訴えれば、見えなかった要求が見え、風通しのよい働きやすい職場になった」
 集会では、生協労連の八谷真智子さんがパート部会のあゆみを特別報告し、「セ・パ(正規・パート)一体のたたかいを」と訴えました。生協の職場と国公職場とはいろいろな違いはあるけれど、やはり、要求を持った当事者が声をあげて、組織をしてこそ、要求は制度化されるのだと確信することができた。
 みなさん、お疲れ様でした。

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2005/06/24

美しい女性(ひと) その2

 今日は、総務省人事・恩給局と非常勤職員の労働条件の改善をテーマに交渉を行った。第4回非典型労働者交流集会を明日に控えて、全国の職場で集めた署名2万3000筆も提出した(スゴイ!)。僕、署名の入ったダンボールを抱えて総務省の5階まで上がったんですが、いやいや、とても重かった!
 
 労働組合の強みの一つは、当局交渉ができること。職場の実態と要求を直接、使用者に伝え、回答を求めることができる(交渉することは、泣き寝入りをしないということだ)。納得できない回答は、組合員の心に怒りの火をつける。労働組合側の交渉能力が問われる「見せ場」でもある。

 僕は、(霞が関で働く非常勤職員を組織している)国公一般の担当者として、国公労連の単組の交渉に加わらせてもらったのだが、あれ? 交渉のデスクのこちら側に若い女性が二人ちょこんと座っているではないか! ああっ、そっか、国公の職場で働く非常勤職員が、自らの職場の声をぶつけようと今回参加してくれたのだ。
 午後1時15分、交渉開始。
 課長補佐と若い係長がノートを持ってあらわれ、温和に対応してくれた。しかし、交渉は、組合側から一方的に非常勤職員のおかれている実態を伝える場となった。非常勤職員なくして業務が成立しないという国公職場の現実が浮き彫りになっていく。

「ハローワークの窓口で働く相談員は、ほとんど非常勤職員。彼女たちは、障害者や外国人、高齢者まで視野に入れた生活・身の上相談を行い、いまこの瞬間にも暑いなか求人開拓で企業訪問をしている人もいる。労働局の非常勤職員は、不正受給の調査や労働紛争の仲裁までしている。彼女たちがいなければ、現場は回らない。なのに、研修は不十分で、日給6000円という低賃金に据えられている。雇い止めの不安もある。総務省は、働くルールを確立してほしい」
「国土交通省の現場では、正規職員の定員削減のなかで、非常勤職員が一割をこえている。一定の技術を身に付けるのに3年はかかる。そのときに雇い止め=解雇なんてつら過ぎる」
「今年の4月から入省した非常勤職員は、半年間、休みが一日もない。正規職員のような夏期休暇もなければ、お盆でも休めない。日給制なので休日の多い月は、生活保護以下の給与になるときがある。これじゃ病気でも休めない。正規職員と同じ仕事をしているのだから、均等待遇は当然ではないか」
「働き始めて2年と9カ月です。私は、3年の有期雇用という条件を飲んでの就職でしたが、先輩たちがいきなり解雇されるたびに現場は混乱して、本当にいっぱいいっぱいになったんですよ」

 若い女性たちの、たどたどしい、慣れていない、しかし、細い体の内側から溢れ出す声=要求に僕の胸は締めつけられる。
 僕も負けじと課長補佐の目を見て話した。
「この春、霞が関のある省では、予算削減が理由で、月額2万円の賃下げが非常勤職員に強行された。これでは働いていけないですよ。それから、正職員によるいじめやセクハラも本当にひどい実態なんです。しかし、現場の非常勤職員は、不満があっても言えない。言ってしまったら解雇されるのではないかとビクビクしているんです。当局は、早く均等待遇に動くべきではないか。霞が関が変われば、日本全体が変わるんですよ」

 組合員一同の告発が終わったあと、課長補佐は「職場からの要請と実態を聞かせてもらった。具体的な部分の問題は、まだ難しいが、今後の議論は、今日の意見を踏まえていきたい」と一般的な回答でお茶を濁す(うわ~、苦しい~)。
 すかさず国公労連の役員が言う。
「これまで何度も申し入れているじゃないですか! その実態は、各省まかせで、政府は、一向に手をつけないのが不満なんですよ。スピードが遅すぎます。ただちに均等待遇へ向けて改善すべきだ」
 僕は、若い2人の女性の表情を盗み見た。役員の追及に「うんうん」と頷いている。1人は、昨年の非常勤集会で発言してくれた22歳の女性で、これまで2年9カ月働いてきて、あと3カ月で雇い止め=解雇されることを踏まえての決死の訴えなのだと改めて思った。
 35歳のおっさんからすると、一見、何の不満もないように見える若い女性非常勤職員たち……。髪を柔らかく染め、美しく化粧をして、明るい服を着て……、いまどきの女性は、意見を胸の奥に沈めたまま主張しないものだ。……ああ、すべては、僕の偏見だった(!)。
 
 全国に23万人いる国公職場の非常勤職員の均等待遇をめぐる攻防戦は、何も勝ち取ることもなく、終わってしまった。しかし、確実に、間違いなく確実に、何かが変わりつつある、そう思った。 

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2005/06/22

奇跡的なパレード

 奇跡とはこのことか? 朝からしとしと降っていた雨が、お昼の霞が関一周パレードのときだけ止んだのだ。前日から作っていたプラカードも横断幕も水ににじむことなく大きな力を発揮した。
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 霞が関で働く職員たちが空を眺めながら、ぞくぞくと日比谷公園の霞門に集まった、その数220人。小集会が始まる。経産省、農水省、厚生労働省の職員が次々にマイクを握って、それぞれの職場の実態を告発するのだった。
「この春入省した新採は、深夜におよぶ連日の業務と休日出勤に参って、一週間たたないうちに『辞める!』と宣言しました。すると秘書課の連中が血相を変えてやってきて、辞めるなと説得。仕方なく彼を閑職へ異動させたんですが、彼の同期の仲間は、どんどん辞めていっている。組合は、霞が関の異常な現実を本当に変えていかなくてはならないと思います」
霞が関の働き方が変われば、日本全体が変わるはずです!
  厚労省 の合同庁舎で働く若い女性2人が国公労連の宣伝カーに乗り込んで、パレードを先導するスポットを読んでくれる。ジェンダー差別と言われようと、スポットを読むのは、男性より女性の方がいい(笑)。パレードに参加しない職員たちが、歩道で手を振ってくれたり、あいさつをしてくれたりする。誘導の警察官が、僕のところにコソッと寄ってきて「実は、国家公務員の賃下げには参っています。われわれには主張できないから、組合のみなさん、どんどんやってください」と呟く(笑)。220人を多いと見るか少ないと見るかそれぞれだけど、霞が関ウォッチングをした者からすると、ここに集まったのは氷山の一角に過ぎないと思いたい。
 
 霞門から桜田通りへ。女性が読み上げるスポットに力が入る。
「桜田通りにならぶ総務省、外務省、農林水産省、国土交通省、財務省、経済産業省は、翌日まで灯りが消えることのない『不夜城』と呼ばれています。今日、私たちは、霞が関で働く国家公務員の仲間に、『今日こそ定時で帰りましょう』と呼びかけるものです」
 お昼を食べに行く仲間たちが、220人のパレードに注目するのがわかる。プラカードには、「家族そろって夕食を!」とか「デートする時間がほしい」とか「実効ある超勤規制を!」の文字が躍る。

 スポットの声がちょっと涙声のように感じるのは、僕の思い違いだろうか?
「組合には、霞が関で働く仲間から悲鳴にも似た声が寄せられています。『国土交通省勤務の夫は、毎日深夜タクシーで帰宅し、翌朝9時半には当然のように出勤します。いま、夫に支払われている残業代が30時間ってどういうことでしょうか。まったくあり得ない話で、どこに訴えたらいいのやら途方に暮れる日々です。働くにも人間には限界があります』『うちの夫は、霞ヶ関の不夜城で人格が崩壊してしまいました。1カ月ほど休んで体を慣らしています。これから職場に戻ると再び病気になるのではないかと心配です』『想像を絶する長時間勤務をなんとかしてほしい。せめて野球中継が終わるころに帰ることはできないのでしょうか。自殺する職員の気持ちがわかります』『有給休暇が年に1、2日しかとれない。このままではおかしくなってしまう』『どうか夫をその日のうちに帰宅させてください。毎日子どもと二人きり、育児を夫婦で楽しむというのは欲張りなことでしょうか? どうか助けてください』…」
 昨日の夜、僕は、このスポット原稿を苦しみながら書いた。そのときに考えていたのは、生の声をたくさん紹介しようということだった。だから、霞が関ウォッチングに寄せられたコメントを挿入しようと思った。これまで労働相談に来てくれた仲間たちの声がつづられたノートから抜き出そうと思った。組合に寄せられた家族のみなさんの声を代弁したいと思った。このリアリズムを政府と当局にぶつけたいと痛切に願ったのだ。

 パレードは、銀行や大手メーカーなどでひしめく虎ノ門から西新橋へ向かう。民間のサラリーマンのみなさんがびっくりしたような顔をしてこちらを見ている。
「今月、人事院は、自殺者の多い国家公務員の現状を改善するため、自殺防止のマニュアルを初めてまとめました。国家公務員の自殺者は03年度で134人で、97年以来、高い水準が続いています。死因別でも、がんに次いで、自殺は第2位という高さです。精神障害などで長期に休んでいる職員が、全国で6600人もいることをご存知でしょうか
「いま、私たちの職場では、深夜におよぶ長時間・過密労働が大きな問題となっています。こうした異常な働き方によって、国家公務員の心と体がむしばまれ、病休者や早期退職者が増えていると考えられます。『このままでは、国民のために働くことができなくなる』。こんな危機感を持って、今日、私たちは、霞が関をパレードしています」

 たかだか25分間のパレードだった。日比谷公園の西幸門へ着いたとき、もやもやしていた気持ちが晴れるのがわかった。小さな、本当に小さな取り組みに過ぎないけれど、こうやって僕らの正論が当局を動かし、制度へと結実していくのだと思いたい。パレードに参加した仲間たちは、お互いを慰労しながら再び戦場へ。

「みなさん、ご苦労さまでした!!」

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2005/06/20

知識人の役割 その2

 とくに社会科学系の知識人に求められるのは、的確な分析と見晴らしのよい展望を提示してほしいということだ。簡単に言うと、この時代の希望は、どこにあるのかを優しい言葉で伝えてほしい。

 先週末は京都に出張で、全国の地域ユニオン(ローカル・ユニオン)の交流集会に参加してきました。外国人労働者や派遣労働者、女性だけの組合をはじめとして、地域に暮らす働く者の、企業の枠をこえて、一人から参加できる個人加盟組合が、いま元気なのだ。不安定な身分ではあるが、しっかりした目的意識と決意を固めて、お互いに支え合い、仕事のかたわら多くの労働相談に身を投じている。
 交流会では、東大社研の田端博邦教授が、おおよそ、下記のようなことを述べたが、とても印象に残った。演題は、「日本の労働運動と『社会的正義』―地域ユニオンの可能性」。地域ユニオンにこそ、次の時代を切り開く希望があるという話だ。
 
 組合組織率が完全長期下降傾向にある。このままいくと20年後にはゼロになるかもしれない。そんななかで、新しいタイプの労組が生まれている。それは、地域ユニオンで、組合員は、やすやすと企業の枠をこえて、地域から、自発的な加入によって組織される、そして、従来の労組のような賃上げのみを課題にするのではなく、人権や環境問題など「社会的正義」に取り組むというところが特質だ。
 地域ユニオンの可能性(企業別組合の限界と表裏の関係)は、組合員のメンバーシップの維持が難しいが、個々の固い決意に支えられた、社会的正義を実現させる担い手となっていることである。これは、従来の労働組合の質的変革を意味している。「エゴイスティックに競争させられる社会」において、社会に開かれた地域ユニオンの運動は、連帯・共同の理念を実現させるものだ。
 
 最初、国家公務員の組合である国公一般には、関係のない話だと思っていたけれど、聞いているうちに、国公一般だって(よく考えたら)、霞が関という地域に責任をもつ地域ユニオンではないのか? と閃(ひらめ)いた。非常勤職員も入れるし、いつでも一人でも加入できる。まだまだ霞が関の正規職員のみなさんのなかには、非常勤職員の待遇改善を、「パートの賃上げは正規の賃下げ」などと言って避ける人が多いけれど、時代の先端はそんなことろにはない。日比谷公園で労働実態アンケートに取り組んでいると、まさに正規もパートも垣根などない、まさに両者が手を取り合っての組合の出番だと感じている。
 田端先生は、企業別組合(省内組合)の組合員には、「非正規の労働者と団結する思想がない」と断言し、それが根本的弱点だと指摘した。こういうのが、まさに20年後には消えていく組合なのだ(笑)。
 オルグとしての仕事は、こうした企業内組合主義を一刻も早くぶっ壊すことにもある、小泉首相が「自民党をぶっ壊す」と言ったように(笑)。

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2005/06/16

出張をめぐる思考

 僕は、ほぼ毎日、霞が関の省庁内で過ごしている(今日は、経済産業省をふりだしに厚生労働省、財務省、国土交通省、総務省、法務省とまわってきた)のだが、ときたま出張を命じられるときがある。
 昨年暮れの千葉県、今年は大阪府、埼玉県……、明日から行くのは、京都府である。全部、組合がらみなんですが、各省庁の出先(でさき)機関の職場を訪問するので、本当にいろいろなことを教えられる。とりわけ、窓口業務の大変さは、霞が関の職場と肩を並べるのではないか? 地方で働いている非常勤職員の雰囲気や労働条件が、霞が関とはまったく違うことなどもわかる。

 (国会が延長されたにもかかわらず)来月初旬には、職場を少し離れて、いよいよ韓国ソウルへ行く予定だ。ソウル市内で働く韓国労働者たちと交流する。それから、日韓の歴史問題を、自分の目で確認するため、独立記念館や日本従軍慰安婦歴史館やナヌムの家にも足を運ぶつもりだ。

 結局、出張をめぐって僕が考えていることは、何事をも相対化する行為なのかもしれない。すべて霞が関との比較において、その異常さと健全さを比較考量(ひかくこうりょう)している感じだ。言い換えれば、霞が関を絶対化しないという思考…。「もう一つの職場は可能だ」という想像力…。やがて日本からも離れたところで、日本の公務労働者の在りようも検討することになる。
 当然この思考は、いまある組合活動そのものをも絶対化しないということだ。

 来週は、6月22日(水)お昼休みのパレード、25日(土)は、非常勤職員の全国交流集会があって、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)忙しい週になるだろう。気合を入れて頑張るぞ。

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2005/06/15

雨の日の宣伝

 今朝アパートを出るとき、なんとか曇りのままもってくれたらな~と思ったのですが、外務省の前で宣伝の準備を始めたとき、雨が大降りになってきました。組合旗は、みるみるうちに濡れていく。
 今日は水曜日、政府の決めた定時退庁日。国公一般のニュースを配布する日なのでした。どうなっちゃうのかな~と不安に思っていたら、委員長が、「今日は、国公一般の宣伝は中止して、総務省前の国公労連の宣伝に合流しよう。非常勤職員集会のお知らせニュースは、仕切り直して配布しよう!」と英断を下した。
 僕らが合流したことで、地下鉄霞が関のほぼすべての出入り口で「6.22昼休みパレード」のビラを配布することができた。僕は、農林水産省の前で配ったのだが、傘(かさ)を持っているにもかかわらず、農林の仲間が結構取ってくれたのには驚いた(農林と財務の上部組合が、あの大阪市「厚遇」「闇専従」問題で批判されている連合なんですよ)。

 雨の日の宣伝は、精神論で最後までやり切る方法とクールに割り切って後日出直す方法の二通りあって悩ましいんですが、僕は、受け取る職員の側からどのように見られるかという視点が一番大事だと思う。雨で濡れたビラは読みにくい、手に取りにくい、そして、何よりも濡れながらビラを配る者の側に悲壮感が漂うようなら止めた方がいいと(個人的には)思う。受け取る側が、ここまでやるのか? と思ってしまい、少しでも距離を置いたら、多数派を目指しているはずのこちらの負けだと思うから…。

 しかし、今回の機関紙「国公いっぱん」第9号は、力を込めてつくった「非常勤職員の特集号」。これが今朝、まけなかったのは少し残念。午後5時過ぎの退庁時間に雨が降ってなかったら、各省正門前で配らせてもらおう。

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2005/06/09

信じるということ

 今日のお昼休みは、千代田青年ユニオンのみなさんと一緒に労働実態アンケート行動を行った。日比谷公園でランチをしている若者に署名ボードを見せて、「仕事に不満や困ったことはありませんか?」と訊く。吉田修一さんの芥川賞受賞作「パーク・ライフ」の舞台は、いま小学生たちの修学旅行や課外授業の格好の場所になっているみたいだ。若い教師に引率されて、たくさんの子どもたちが弁当箱を開いていた。
 一時間の行動で、派遣社員の女性二人、金融関係の正職員の一人から話が聞けた。民間の若い労働者たちの生の声を聞くと、国家公務員の組合である国公一般がしっかりしなきゃと思ってしまう。増える非常勤職員の均等待遇の課題は、派遣職員の無法な労働条件をただしていくことにもつながると思うし。

 行動が終わって、日比谷図書館へ。国公職場の、とある問題を調べたいと思った。
 しばらく調べて気分転換に新聞閲覧室に入り、懐かしい「中日新聞」を読む(故郷の愛知県では、圧倒的に中日新聞の読者が多い…)。一面は、昨晩、ドイツ行きを決めた、W杯サッカー日本―北朝鮮戦の写真と記事だった。野村記者が書く囲みの記事に目を奪われ、目頭が熱くなった。
「(ジーコ監督は)人前で選手を罵倒(ばとう)したトルシエ前監督と対照的に、起用法が批判されても選手をかばい、励まし、信じぬいた」
「先月のキリン杯での記者会見では、FW鈴木の不振をめぐる質問に懸命に反論。『全力で戦っているわたしの選手がなぜ笑われなくてはいけないのか』。その言葉を訳す鈴木国弘通訳が声を詰まらせた」
「クラブチームのような一体感がある。選手たちはそろって現代表をそう表現する」 
 …大切なのは、どこまでも人間を信じるということなんだ。
 僕のような一介(いっかい)の組合オルグと高名なジーコ監督を一緒にするわけにはいかないけれど、組合活動の基本にも「人間を信じること」を据えなくてはならないと改めて思った。最近、実は、いろいろなことがあって悩んでいました。霞が関を歩いていても、ふと、オルグとしての自分の資質を疑ってしまうようなほどに。…苦しい。誰かの責任にしてしまいたい。

 国会議事堂に夕陽が落ちていく、そんな霞が関をトボトボと歩いている。
 確か、山田洋次監督が若いころ映画スタッフとうまくいくか悩んでいたとき、先輩の野村芳太郎監督が「山田くん、人間を信じるかどうかは才能にかかわることだ」と言って励ましたというエピソードを思い出した。
 
 …負けられない。絶対に負けられない。

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2005/06/08

知識人の役割 その1

 いま「知識人」っていう言葉、もう死語なんでしょうか? 
 左派でも右派でもいいけれど、かつて「知識人」が担っていた役割ってあったと思うんですよね(例えば、小熊英二さんの『民主と愛国』なんかを読むと)。だけど、いま、新橋とか霞が関の書店に平積みになっている、大学の先生たちの本の、なんと内容の無いこと…、軽薄で、単純で、ほとんどハウツー的なことしか書いていない。

 …なんで初っ端からこんな不満を述べるのかと言いうと、先週末6月4日(土)に開催された「公務の公共性を考える集会」(国公労連主催)に参加して、改めて知識人の凄(すご)さというか、知識人への敬意というか、そんなものを感じたからだった。
 これは、決して自画自賛したいのではなくて、国民が理解できる言葉で、この時代の本質と希望を語るという知識人の役割が、(新橋や霞が関の書店ではなく)組合の集会において発揮されたということが、極めて新鮮だったということなんですよ。
 記念講演した山家(やんべ)悠紀夫さん(元神戸大教授)、パネリストの浜川清さん(法政大学教授)、宮本憲一さん(元滋賀大学学長)、晴山一穂さん(専修大学教授)、二宮厚美さん(神戸大学教授)が、それぞれ小泉「構造改革」とは何か? から、公務という分野の定義づけの問題、総人件費削減という政府の攻撃に対抗する軸をどこに据えるかという組合側の構えの問題まで、大変示唆に富む話を展開してくれた。会場となった日本青年館は、満員御礼だったけれど、全国の組合員に一人でも多く聞いてもらいたい内容だった。

 山家先生は、第一勧銀の調査部長をされていただけあって、最新の客観的なデータによって小泉「構造改革」の本質を浮かび上がらせてくれた。
「…公務員って本当にいいなあ、と思っていたんですよ。(いま問題になっている厚遇だからではなくて)公務員は、国民のために働けるじゃないですか。いくら私たちが銀行マンで『お客さんのため』と言っても、民間がやれるかどうかの判断基準は、儲かるかどうかだけなんですよ。はっきり言ってお客さんのためより、その事業が儲かるかどうかだけなんですよ。だから、なんとなく面白くなくてね……」

 そんな話から切り出した先生いわく、「構造改革とは、いかに企業が儲かるかという観点から、市場を広げてやることだった」とズバリ。「官から民」へのかけ声のもとでの規制緩和も労働法制の改正も大銀行の統合も、すべて「国民の生活向上」のためではなく、いかに企業が儲けるか、ただそれだけのためだったのだというのだ。実は、生活者である僕らの「痛み」は、先生いわく、「報われない『痛み』であり、これからもっと生きにくい社会がやってくる」のだそうだ。
 先生は、90年代半ばからの数字を拾って分析する。景気の低迷、財政赤字の増加、賃金の減少、雇用の減少、失業者・不安定労働者の増大と所得格差の拡大、倒産件数と自殺者の激増などマイナス要因を挙げればきりがないが、ただ特徴的なプラスの指標は、大企業収益の回復のみなのだ(!)。働く者の「痛み」を収奪しているのは、大企業なのだった。なんだか、(これまで大企業が儲かれば、その配当のパイが大きくなるので労働者の暮らしはよくなると信じ込んでいた)僕は、本当に、目からウロコというか、目が覚めるような気がしました。

 そして、先生は、最後に「日本は、福祉国家から監獄国家へ向かっているのではないか?」と、ドキッとする警告を発しました。日本の受刑者は、昨年43年ぶりに6万人をこえたのですが、日本の先を行っている格差社会アメリカでは、過去最多の216万人だそうだ。つまり、先生は、「日本の人口の2倍であるアメリカがこんな状態ですから、日本の現状はまだまだ悪くなる可能性をはらんでいる」と指摘するのだ。

 小泉「構造改革」で、本当に僕たちの生活はよくなったのだろうか? 答えは、はっきりとノー!だ。
 そういえば、僕の後輩が、「いつまでも派遣じゃ、恋人がいても結婚できない、結婚しても家族がつくれない、結婚できなくてもローンも組めない」と言っていたな…。

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2005/06/06

エゴ的組合活動からの脱皮

 国公労連は6月3日、第123回拡大中央委員会を開催して05年夏季の運動方針を決めた。中央委員会には、各単組の役員が参加し、人事院に対する要求から運動の構えにいたるまで、ときに激しく議論を交わし合った。
 
 議論を聞きながら、僕は、いま霞が関の合言葉が、「とにかく金がねえんだよーッ」だということを思い出した(笑)。そうして、法案作成にかかわりながら、その内容が国民に新たな負担を強いるものだとわかっている仲間たちは、指揮棒を振るキャリア上司に「○○さん、この制度が失敗したら、指詰めてくださいよ」「こんな見え透いたやり方、ポシャらなくても法制化されたら(責任とって)腹切ってください」と本気で言って抵抗しているのだ。自民党が公共事業に血税を湯水のように注ぎ込んでつくった山のような借金を、政府は、とりわけ公共福祉部門の削減と増税で乗り切ろうとしている。政府の背後には、日本経団連が隠れている。
 全国の国家公務員で構成する国公労連は、「国民とともに、国民のなかへ」というスローガンのもと、政府の悪政全体を見定めながら、その執行者である自分たちの仕事をも厳しく問いながら、新たなたたかいを構築しようとしているのだ。

 政府は、今月下旬に決定しようとしてる骨太方針に「総人件費の削減」を盛り込もうとしている。つまりは、国家公務員の大幅な削減と賃下げだ。公務部分の人的物的リストラは、結局、国民への公共サービスを低下させることになる。そうして、最後に控えているのは、消費税の大増税である。

 霞が関だけではなく、国の地方出先(でさき)部門も「不夜城」なのである。ハローワークも社会保険庁も法務局も税務署も地方整備局も空港も港も観測所も裁判所も国立病院も、公共サービスの窓口はどこもギリギリの体制で担われているのだ。深刻化する貧富の格差のなかで、国民すべてに平等な機会と質を保障して提供する公務サービスをこれ以上切り捨ててはいけない。
 国家公務員の給与水準を下げることは、一見すると、国民ウケがいいかもしれない。しかし、これは、民間給与も下げていくための新たな基準づくりに他ならない。
 先日、僕の(民間で働く)友だちは、正直に、こんなことを言って国家公務員をかばってくれた。
「出来れば、民間でも、公務員のようにしっかりした身分保障をしてほしい。そうしなければ、専門性や継続性が担保できない」
「結婚するなら公務員とか、息子娘には公務員になってほしい…とか言うのは、よくわかる。この時代、あまりにも人間を人間扱いしていないから」
「官の給与水準が下がれば、民間全体の給与水準も下がり、ひいては、地域経済そのものが疲弊することになる」

 国公労連は、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論のあと、次のように決議した。
「われわれ国公労連は、広範な国民との共同を広げ、総人件費削減に反対し、行政体制の整備拡充を求める取り組み、生活と公務労働の実態をふまえた賃金の実現を目指す取り組みをすすめていくものである」

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2005/06/03

いま読んでいる本

 唐突ですが、いま読んでいる本の紹介。
 毎日の通勤時間が約一時間、満員電車のなかで少しずつ読んでいます。読書の形態は、多数冊を同時並行的に読み進めるという(詰まんないと即捨てるという)、極めて戦略的なやり方です(笑)。

 『半島を出よ』(村上龍・幻冬社)
 小説フリークにとって、話題作の小説は、必ず読まねばならないと運命づけられている。「下」の真ん中ぐらいですが、初っ端から総務省や官邸、それから内閣府など霞が関が出てきて興奮した。自衛隊による霞が関封鎖(防衛)には笑った…。

 『ロストユニオンに挑む―フランス労働運動から学ぶこと』(戸塚章介・共同企画)
 厚生労働省OBから売りつけられた(笑)、21世紀を見据えた組合運動論。著者は、毎日新聞労組出身。原水爆禁止運動が分裂した、その真相を、アメリカによる日本の労組分断攻撃と捉えるなど、なかなか新鮮な切り口。いま後半の一般労働組合論の部分。

 『労働法における個人と集団』(西谷敏・有斐閣)
 労働組合における集団的な部分と、人間の個としてのありようをどのように整合させるのかを問うた労作。労働法を学んでいた学生時代に戻った気分で読んでいます。西谷先生のところへ学びに行った大学院の先輩は、元気でやってるかな~。

 『はめられた公務員』(中野雅至・光文社)
 元キャリア官僚(でも同志社大卒)が書いた国家公務員「擁護」本。
 霞が関で働いていた現職のときに、こういうことを言ったならば、本当の株が上がったはず。全体的に詰まんないですが、このブログで書いてきたことが、キャリアによって裏付けられる内容アリ(霞が関の悲惨な労働実態など)。

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2005/06/01

非常勤職員さんの目

 国公一般は、月2回、財務省・外務省・内閣府の前で早朝ニュース配布をしています。今日は内閣府前での行動で、1時間に300枚のニュースが配布できました(ありがとうございました!)。
 このニュースと同時に、料金受取人払いのアンケートはがきも配っていて、後日、職員の仲間から文字が溢れるほど書き込まれて返信されます。
 
 今夜は、国公一般のアンケートに寄せられた、非常勤職員さんの声を紹介します。
 
 霞が関の省庁で働く非常勤職員です。
 正職員の人たちに「バイト」「バイトさん」と呼ばれるのが、とても不愉快です。
 非常勤職員は、たぶん、みんな不愉快に思っていますが、立場が弱いため、誰も口に出来ません。
 また、正職員の人は女性でも対等にあつかっていますが、非常勤の女性は(男性職員から)「女」という目で見られています。だからといって、すぐに、何かされるというわけではありませんが、そのような職場の空気はとても不愉快なんです。
 組合のみなさんには、どうか指導していただきたいと思います。お願いします。

 このブログを読んでいる男性職員のみなさん、自分の心のなかを省みてほしいと思います。僕は、非常勤職員さんは、霞が関で働く正職員の言動と心性を見抜いていることを肝に銘じたいと思います。僕は、先日亡くなったラディカル・フェミニストのドウォーキンが説いた「性の政治」を思い出した。霞が関の制度を問う前に、実は、正規職員(男)と非常勤職員(女)との関係性を考えてしまったのだ。

 来月の機関紙「国公いっぱん」第9号は、非常勤職員さんに向けた特集号にしたいと思います。ぜひ、非常勤のみなさんの労働条件や意見をお寄せください。

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