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2005/05/31

非典型職員の交流集会

 ホームページに第4回非典型職員交流集会の告知をしたら、「非典型とはどういう意味ですか?」「どういう集会なんですか?」という声が寄せられました(ありがとうございます…)。
 「非典型」とは、簡単に言うと、終身雇用と定期昇給・ボーナス有りの正規職員とは異なる雇用制度のもとで働いている職員のことです。パート・アルバイトや派遣、請負などで働かれている職員が、国公職場にたくさんいます。そういう職員なら誰でも参加でき、悩みや要求を出し合い、みんなで解決の糸口を見つけようというのが今回の集いなんです。
 実は、先週土日の埼玉出張は、全労連主催のパート・臨時で働く職員の全国交流集会への参加でして、初めて参加したのですが、生協や医療現場のパートのおばちゃんたちの、生き生きとした組合活動に圧倒されました。1円、10円の賃上げ要求や雇い止め(解雇)撤回の運動が、全国でこんなにも進んでいるとは思わなかった。それで、民間との違いも含めて、国公労連の非典型職員交流集会がどういうものかイメージをつかんでもらうために、昨年の集会記事を再録しておきますね(……手抜きではありません)。

 第三回非常勤職員交流集会(7月17日、都内)には、全国から過去最高の108人(10単組8ブロック)が集まり、非常勤職員が悩みや要求を大いに出し合いました。
 あいさつに立った堀口委員長は、「政府の人件費削減の攻撃で、法律のはざまにいるみなさんに矛盾が集中している」とのべ、「劣悪な労働条件をともに変えるため、国公労連の組織に加わっていただきたい」と訴えました。
 小田川書記長が基調報告し、「04年非常勤職員実態調査(国公労連調べ)」をもとに、非常勤職員内の待遇格差(賃金、手当、保険)を明らかにしました。また、各単組ですすむ組織化の一端を紹介しました。
 郵産労(郵便局の職員組合)の岡田時弘さんが、郵便局で働く非常勤職員の組織化などについて特別報告しました。
 全体討論では、参加者が「半年ごとの更新を繰り返し働いてきたのに突然の解雇。無理やり納得した」(全運輸)、「正職員と同じ仕事をしているのに交通費が出ない」(ハローワーク相談員)など、劣悪で無権利な労働実態を告発しました。
 他方で「試験採用でない非常勤の雇い止めに反対するのは、国民の理解が得られるか」、「試験を受けさせずに都合よく使う当局が理不尽だ」、「正・非職員が団結しなければ、制度の壁は乗り越えられない」(山瀬副委員長のまとめ)など率直な意見も交わされました。
 最後に、全運輸の航空職場で働くOさん(21歳)が、「20年働いてきた先輩職員が、突然路上に放り出されるのは許せない。雇い止めをなくして!」と訴えました。「発言するつもりじゃなかったけど、全国のみんなが諦めずに活動している発言を聞き、勇気がわきました」(Oさん)
 また、今年9月の退職を前に、上司のすすめで全港建四国地本に加入したKさん(25歳)は、「私たちも夏季休暇がほしい。でも非常勤だから…と声に出せなかった。組合に入って学び行動するうちに、何とかしたいと考えるようになったんです。組合に入ってよかった」と言います。
 (別項の囲みで) 
「来年三月で解雇されるが、組合が全面的に支援してくれ、最後まで希望をもちたい」(全建労)
「船舶職員だから経験が必要。仕事に慣れたところで雇い止めなんて、つらすぎる」(全港建)
                          「国公労新聞」04年8月1・8日合併号
 
 こんな感じで、主には非常勤職員による学習(情勢と権利)と交流を深める集まりなんですよ。
 みなさん、気軽に参加してください。

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2005/05/27

誰でもキャリアになれるわけではない その2

 一昨日の続き(出張先の埼玉から失礼します…)。
 なぜ、国1試験に合格した名古屋大学の学生15人のうち、たった1人しか採用されないのか?

 人事院に行って調べてみると、実は、採用試験の合格者は、実際の採用数の2・6倍。かなりの水増しになっている。つまりは、国家公務員1種という市場は、意図的に、採用する省庁側の買い手市場になるようにつくられている(約3分の2の合格者が入省できない)。
 一昨日も書いたけれど、ここで力を発揮するのが、合格後に行われる意中の省庁を訪問して受ける面接なのだ(何度も書きますが、面接が一番重要なんですよ)。

 …で、「誰でもキャリアになれるわけではない」というカラクリを、例えば以下のように、めちゃくちゃデフォルメして書くことができる。
 東大出のAさんと名大出のBさんがいて、どちらも財務省に入りたいと思っているので、6月の解禁日を待って財務省訪問を繰り返すことになる。財務省からは、まず若い係員クラスが出てくる。よく知らないけれど、「キミは、消費税の増税は不可欠と思うか?」とかなんとか話し合うのだろう(笑)。基本的に面接は、入省させたい人間の雰囲気をつかむ場だから、話し合うテーマに深い意味はない。
 しかし、名大出のBさんは、「(消費税の増税は)不可欠です!」とヨイショして答えても、この段階で間違いなく落とされている。なぜなら、面接官の係員は、東大出のAさんのボート部の先輩だったからだ(!)。
 かくして東大出のAさんは、係長→補佐→人事担当課長と面接のグレイドが高まっていき、同期の法学部生と競い合うことになる。名大出のBさんは、他の各省庁を真面目に回るものの(同じようなことが起きていることを知らないまま)、内々定につながる手ごたえがつかめない…。
 結局、Bさんは、霞が関からお呼びがかからず、かといって、いまさら民間企業には就職できず、併願して合格していた地方上級を受け入れて、名古屋に帰る選択をする(可哀相~)。

 ある霞が関の事情通は、言った。
「新採キャリアを面接するのが、キャリア自身だというところがミソなんです。絶対にノン・キャリアにはやらせない。大学の後輩が来るとなるとキャリアの間に情報が駆け回るわけですよ。面接するときには、すでに関係者らは『後輩よ、よく来たな~』って言って合格者の肩を叩いているという、まったくのデキレースなんですよ。ノンキャリに面接をさせれば、そうしたアンフェアな情報が少なくなりなんとか客観的に近い面接ができますけど…。だから、キャリア制度を改革する余地はたくさん残っていますね」
 最近では、各省庁が青田買いで唾(つば)をつけた東大出の受験者がどんどん国1試験に落ちるものだから(笑)、政府は、「合格者を採用数の4倍まで水増しする」というトンデモナイ閣議決定をした(!)のだが、人事院は、試験の公平さを確保するためか閣議決定に背くかたちで現在2・6倍でとどめているというわけだ。
 かくして霞が関のキャリアたちの学閥偏重システムは、永遠に続くカラクリになっている。
 
 はあ~、ここまで書いてきて充実感の伴わない疲れを感じる(笑)。
 僕は、こんなことを書くために組合活動をしているわけじゃないっ! (でも、この話題をアップした途端にたくさんのリクエストがあったんで、自然にフェイドアウトさせることができなくなってしまったわけで…)

 まあ、キャリアってのはこんな風に選ばれていて、仕事ができるとか人間味に溢(あふ)れているとか、他人の心の痛みがわかるとか、そんなこととは無関係なところから入省してくるんですね。
 三島由紀夫が大蔵官僚を辞めて作家になるんだけれど、正直に言うと、三島のような豊かな感性を持った人間は、霞が関では生きていけなかったのではないか…。三島は、そのことを知っていたとすれば、本当に偉い作家だと思うな。

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2005/05/26

非常勤職員さんとランチ(天声人語風)

 若い非常勤職員二人と昼食をともにした。同じ国公職場で働く仲間として、いろいろな話がしたいと思った▲彼女たちが揃って口にした不満は、給料が安いことと職場の人間関係の悪さだった。日給8千円と少し。税金や保険料を引いたら月14万円を切るかもしれないと暗算してみる。明るい感じの服を着ていた一人は「家賃を払ったらいくら残るんだ!って。せめて基本給ぐらいの手取りがほしい」▲彼女たちは、「事務補助員」として働いているが、受付や計算事務から正規職員がする調査までやっているのが実態だった。「あたしたちのことを『バイトさん』と言ってくれるけれど、内容も量もめちゃくちゃなんですよ」「自分の仕事を非常勤にふっておいて、先に帰る係長がいてびっくり」「堂々とセクハラする職員がいるので、ちょっと怖い」。中華を食べながらの話は次第に具体的になり、エスカレートする▲民間から霞が関に転職したという彼女たちは、「毎日終電の仕事に疲れてこちらに来たけれど、国家公務員のみなさんがこんなに働いていたとは知らなかった」と苦笑いした▲「誰にも言えない話を聞いてくれてありがとうこざいました」と頭を下げた二人。感謝したいのは、自分の鈍感さを教えてもらった僕の方だった。国公一般のことを知ってもらいたいという思いを噛み殺した。

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2005/05/25

誰でもキャリアになれるわけではない その1

 今年の国1受験者は、読んじゃ駄目です(笑)。

 今年の国家1種の官庁訪問の解禁は、最終合格発表日の翌日(6月22日)午前9時だそうな。その日から、採用の内々定の解禁日となる7月7日(たなばた)まで、合格者たちは、意中の省庁へ出向き、面接なるものを何度か受けることになる(はっきり言って、これが一番大事な活動です)。
 人事院の担当者は、「一次試験日(5月1日)から訪問開始日まで、あるいは、訪問開始日から内々定解禁日まで各省庁は、人事院主催の説明会を除き、受験者への勝手な採用アプローチを一切行ってはならない…」と言っているが、それは嘘(うそ)ではないと思いたい。けれど、これから書くようにキャリアへの道はコネクションで敷き詰められているので、人事院の言葉は、形骸化した極めて空疎なニュアンスを帯びざるを得ない。
 難しい試験をクリアしても、誰もがキャリアになれるわけではなく、意中の省庁に入れるわけではないのだ。

 合格者が受ける省庁での面接について書く前に、みなさん、毎年秋ごろに主要大学の教室で開催される人事院の官庁説明会なるものをご存知だろうか? 10年ほど前のこと、わが名古屋大学では行われなかったと思うが、この前、昼食を一緒に食べた経産省2種の青年は、「名大(めいだい)じゃあ、いまでもやってないでしょう。とにかく東大・京大・早稲田・慶応…ぐらいなら確実なんですが。この時点で既にフェアじゃない、間違いなくギャップ(格差)が出てきます」と笑った。
 さらに、人事院の説明会を出し抜くように、各省が勝手に説明会を開いているのは周知の事実だ。有名なのは、僕の出身大学を鼻で笑った男が働いているケーサン省だ。この説明会でOBや人事担当者とつながりをつけることができれば、30点ぐらい稼げる(笑)。

 小説オンリーだった僕が、霞が関で働き始めてビジネス本を読むようになったのだが、最近のお勧めは、神一行『大蔵官僚―超エリート集団の人脈と野望』(講談社文庫)という古本で、ここには、次のようなくだりがある。
 
 大蔵省の青田刈りのパターンは、二通りあるといわれている。そのひとつは、東大のゼミを通じての引き抜き作戦。……二つ目の方法が、すでに伝統ともいわれている東大の運動部からのルート。「とくに東大ボート部は、大蔵官僚予備軍といわれるところで……」ボード部だけにかぎらず、最近の大蔵省新採用者は東大運動部からの引き抜きが目立っているのが特徴だ。

 先の2種青年は、「そんなの、いまじゃ甘いですよ、だって高校閥があるぐらいですから」と「読売ウィークリー」みたいなことを本当に言うのだから呆(あき)れた。今年の『政官要覧』春号を開くと、要職は、財務省を筆頭に東大法学部のオンパレードだ。外務省の大使で東大じゃない人は、タイとフィリピンとミャンマーとモンゴルとパプアニューギニアとアルゼンチンとグアマテラと…だいたいそんなところ(数と場所)だった。
 試験によって公平に選抜されているはずの各省庁のキャリアに、これほどまで学歴の偏重が見られるのはなぜなのか? ちなみに一昨年の国1試験に、わが名古屋大学からは15人がクリアしており、全国8位と上出来の成果をあげているのもかかわらず(笑)。
 東大は、239人の合格者を出しているので、それは絶対数だから仕方がないとお思いか?
 ……しかし、ここで大きな問題が現出する。
 な、な、なんと、名古屋大学の国1合格者15人のうち、省庁に採用された者は、たった1人なのだ!! 東大は、130人が採用されている。

 いったいなぜ?

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2005/05/24

厚労官僚への手紙

 いま厚労省は、介護保険制度を改悪しようとしている(きっぱりと断言します)。
 厚労省が、制度を見直しする理由は、いわく「ヘルパーが寝たきり老人をつくっている」「悪化させている」というものだ。しかし、彼ら自身がまとめた実態調査を見れば、軽度の介護者の8割が現行の制度で「維持・改善」となっている、まるで訳がわからない(笑)。

 先日、千葉の病院でヘルパーをしている若い女性と話をする機会があったのですが、彼女は「厚労省のやろうとしている最大の問題は、現行のサービスを切り捨てることなんですよ」と言った。彼女の働く訪問介護ステーションは、利用者の全体の約7割が、要支援・介護度1の軽度の方々だ。うち、高齢者のみ世帯7割、半数以上が独居という。つまり、介護力のない高齢者がヘルパーサービスを受けているのが実態だ。3人に1人が、外出困難な人たちとも言う。
「週2日のヘルパーによる介護を受けている老夫婦の方が言うんですよ。『ヘルパーさんが来てくれるから、私たちは今の生活が続けられる。だからネ、遠く離れている一人息子にも、ときどき母親らしく説教もできるのよ』と……」
 いま厚労省の官僚が企(たくら)んでいるのは、よりによって軽度のお年寄りに対するヘルパーの家事援助サービスを原則廃止するというものだ。代わりに目玉施策として導入しようとしているのは、「予防」という名の「筋力向上トレーニング」(笑)。
 ヘルパーの彼女は言う。
「筋トレなら、いまでも介護される側はやっていますよ。ヘルパーを廃止して、施設に通わせ筋トレさせるなんて、まったく現実的ではないじゃないですか。そもそもヘルパーをなくしたら、施設にも行けなくなるんです!」

 とにかく霞が関全体が、現実を見ていないと感じる。国民の生活に目を向け、切実な声に耳を傾けていないと感じる。
 昨日の夜は、ある省で働く実力派の職員と話していたのだけれど、彼は「法案作業というのは、基本的には、まず政治決着ありき、なんですよ。われわれが法律づくりに入るときに出てくるのは、各省の予算をめぐる思惑ぐらいで、政治的な妥協が最初にあるため、大枠としては、結局、デキレースなんですよ。郵政があんなにゴタゴタしているのは、法案づくりの前に、政治的な着地点が見えないからなんです」と言っていた。

 早い話、官僚たちの背後には、くだらない政治家がいるってことだ。政治を変えなくては、国民の方を向いた霞が関はできないってことだ。

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2005/05/20

財務官僚への手紙

 さあ、国公労連は夏期のたたかいへと突入しました。中央行動が、人事院勧告に向けて波状的に提起されている。今日一日、「許すな憲法改悪!守ろう国民生活」大行動に合わせて、活気に満ちた取り組みになった。
 お昼休み、僕は、国公一般の緑の旗を担いで財務省前に行った。すでに様々な色の単組の旗が翻(ひるがえ)っていた。財務省では、すでに予算編成の議論が始まっていることを踏まえ、国家公務員の10%削減など公務リストラはやめよ!と訴えた。
 このとき、全国の税務署で働く職員でつくる組合・全国税の仲間が、次のように訴えたことに胸が痛んだ。彼の言葉は、そのまま財務官僚への手紙になっていた。

「規制改革・民間開放推進会議は税務署の徴収の仕事を民間開放すべきだと言って、並々ならぬ意欲を示した答申を行っていることに対し、全国税から重ねて反対であるという決意を述べさせていただきます」
「ある国税局、税務署の徴収の職場では徴税率の向上を目標に、ノルマ主義による職場運営が行なわれ、そのことで異常な出来事が起きています。税務署にやってきた滞納のある納税者は職員と面談・相談した後、突然事務室の窓枠に手をかけて飛び降りようとしたのです。しかし、その瞬間、近くにいた幹部が制止して事なきを得ました。目撃した職員は、『その納税者は、うつろな表情で困り果て、思考が停止したような感じだった』と言っています」
「またある署では、国税職員が納税者に対して、税金を『払え! 払え!』と脅すように繰り返し、それに対して納税者の方も負けずに声を荒げて怒鳴り返す。職場では『カラスの鳴かない日はあっても、滞納者の怒鳴り声が聞こえない日はない』と言われる状態なのです。署の幹部は、納税者との相談には『必要以上に個々の事情を聞かないように』と指示し、滞納額を減らすことに躍起になっています」
「このような事態の原因は、国税局幹部の成績競争に走るノルマ的な仕事の押し付けが背景にあるのではないでしょうか? 徴収事務は、国税徴収法でいう『国税債権の徴収』から、(サラ金の取り立てのような)民間の利益優先の考え方を取り入れた『国税債権の回収』へと事務が変質しかかっています。このことに職場のベテランの上席徴収官は疑問の声を上げています。滞納発生件数や滞納額、収納額といった数字に縛られた事務運営は職員のゆとりを奪い、仕事の誇りをなくすといった職員側の問題だけでなく、納税者の個々の事情を考えないやり方では、納税者の権利さえ危ぶまれるものになります」
「徴収業務の民間開放は、先ほど述べたようなことが全国各地で日常的に出てくることになります。営利追及、効率性重視が前面に出されれば、容赦ない『取立て』や問題があるものについては後回しにするということが当然でてきます。公平という重要な柱は見捨てられるのです」

 先日、国公一般に寄せられたメールには、「JR西の福知山線事故は、1分30秒の遅れの挽回と100人の命が引き換えになった。限界まで利益を搾り取るという民間経営の原理は、数字による労働者の管理を不可欠にする。全国の公務の職場に機械的な数字による目標管理が導入されたら、国民生活はどうなのるか? 霞が関のの職場の問題として考えたい」とあった。

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2005/05/16

事務連絡

 今週は、大阪へ出張します。週末は、岡山と忙しい。
 いま国公労連本部なんですが、やっと報告書と機関紙「国公いっぱん」第8号を作り終えました(やった!)。

 「国家公務員1種へのアンフェアな道」については、もう少しお待ちを…。そのうちドカンと書きますよ。

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2005/05/12

公務員リストラ その2

 2月末、病気休業中の男性のところに解雇予告通知が来る。このままでは1カ月後、男性は(自動的に)解雇されることになる。メンタルの病を抱えつつ、彼は、職場に行き、上司と話し合う。
「就業規則には、約三年間の病休規定があるではないか」
「病休を認めておいて、いきなり解雇なんて許されない」
 しかし、上司は「もう会長の承認を取り、決裁も仰いだんだ!うるさいこと言うな」の一点張り。男性は、交渉の様子を録音に取りつつ、「解雇に応じるつもりはありません。辞めるつもりはありません。続けます」と言い続けて、踏みとどまる。上司は、吐き捨てるように「何を言うか、解雇ってのはな、一方的にできるもんだ。お前は、三月末で解雇になるんだ!!」と言った。ここには、誠実に交渉に応じる当局の姿勢はない。
 男性は、喉が渇いていくのを感じる。言葉がどもるのを感じる。なんだか、同じ言葉を繰り返しているように感じる。震えながら薬を飲む。ただただ…当局の攻撃に負けないという信念だけで乗り切っていく。
 一方、僕は、地区労連や全労連の全国一般や外郭団体の省庁の組合との相談に奔走する。顧問弁護士にもアドバイスをしてもらう。「職場に味方はいるのか」「体を壊しているなかで、粘り強い交渉はできるのか」「解雇撤回を争う裁判の勝算は?」さまざまな論点が浮かび上がり、それらはどれも難しいように感じられる。
 民間では、本当にたくさんの不当解雇事件が起きていて、裁判がたたかわれている。明らかに労働基準法違反だというのに、裁判では負けるというケースもある。裁判をたたかっている原告が、労働相談に乗ってくれる組合もあった。
 三月に入り、弁護士と地区労連が乗り出して当局交渉を開始する。霞が関では、全労連や国公労連のデモンストレーションが行われている。窓から見下ろしながら、さりげなく「こういう不当な解雇が公になったら、全国の労働者が黙っていませんよ」と伝える。
 キャッチボールのような断続的な交渉の末、男性の解雇は撤回される、しかし依願退職ということで決着をみた。その際、当局は、退職金を六割増で支払う。当初の提示額を大幅に上回ることから、裁判を考えていた男性だが、和解に応じることにした。
 男性は、ホッとした様子で、僕に言った。
「国公一般の労働相談で、ゆっくりしていては駄目だと目が覚めたんですよ。労政事務所に相談に行ったときは、『なんとかなりますよ』なんて悠長に言われましたから。しかし、あなたに、『相手は必死で辞めさせにきているんですよ』と言われて、たたかいのアクションを早く起こすきっかけになりました。職場を離れることになりましたが、この条件で、ゆっくり休んで治療に専念することができます。一人では何もできなかった。協力してもらった多くの組合に感謝したい」
 労働者が元気に働けることにこしたことはないけれど、それが許されないのが現代だ。人と人との争いが絶えない。そのなかで、組合が連帯の思想をどのように担保するのか? 大きな課題が、僕の前にそびえている。

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2005/05/11

つづきは、明日…

 本省庁の組合員の会議が終わり、いま、会議のあとのささやかな懇親会がお開きになりました。日中は、仕事に追われ、会議は、午後7時半ぐらいから始まった。
 午後8時ごろ、庁舎内に「遠き山に陽は落ちて」の音楽が流れ、「今日は定時退庁日です。明日できる業務は速やかに終えて、退庁ください」のアナウンスが流れる。しかし、当然と言うべきか、誰も帰らない。…むなしい。会議が終わって、再び職場に戻る仲間もいる。

 だから、昨日の項のつづきは、また明日。……疲れました(笑)。
 明日のお昼は、非常勤職員さんとランチの約束。楽しみだけど、仕事が大変だな。

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2005/05/10

公務員リストラ その1

 公務員の受験雑誌社に行き、編集者に「受験者は、国家公務員のどんなところに魅力を感じるんですかね?」と訊いたら、「昔もいまも変わらない、安定だと思います。クビにならないじゃないですか」と言われた。
 でも、東京公共一般の最近のニュースを読むと、群馬県庁では、退職勧奨(退職を勧めること)という美名のもとで当局による退職強要が起きていることがわかる。メンタルの病気を抱えている人、気の弱そうな人をターゲットにして執拗(しつよう)に退職を迫るという。当局の目的は、人件費の節約らしいが、奥さんまで呼び出して強要するというから、実にアゴギなやり方だ。
 いま「自治労連と共同する会」の仲間たちが、当局を批判するビラをまいて、県当局は「強要にならないように」という通知を出さざるを得なくなったという。

 人事院に問い合わせると、全国30万人の国家公務員のうち、7000人もの職員が長期病休で職場を離れている。今日の「東京」を読むと、超過労働が月50時間以上で「疲労・抑うつ」傾向が加速されるというから、わが霞が関の異常は、当然と言えば当然なのだ。職場で休んでいる仲間に対して、「早く辞めてくれ」と思っている職員もいるわけで、僕に言わせると、7000人の病休者は、当局にとって、公務員リストラの格好のターゲットとなっている可能性は高い。
 つまり、僕は、すでに公務員は「安定」の職業ではないと言いたいのだ。

 今年の2月、国公一般の労働相談に駆け込んできた男性は、ある省庁の外郭団体で働く労働者だった。典型的なキャリア天下り団体で、話を聞きながら、ちゃんとした仕事をしているのかどうかもあやしいとおもったほどの職場だ。
 男性は、「私たちは、準国家公務員待遇なのに、いきなり解雇通告が来たのです」と切り出した。メンタルの病気ということで診断書を提出し、上司も受理したというのに、よりによって病休中に解雇通告されたというのだ。
「3月いっぱいで辞めてもらうので、2月末に通告書が行きます。あなたが、どんなに文句を言っても辞めてもらいますって…」
 それ以前にも「お前、休みを取ってサボっているんだろう」と言われるなど嫌がらせがあった。さらに上司は、わざわざ主治医に電話をして「あいつは、怠け癖ではないのか」と確認したりしてたという(苦笑)。

 僕は、男性に対して、「どんなことされても絶対に『辞める』と言わないこと」とアドバイス。彼は国家公務員ではないということもあって国公一般には入れない、しかし、彼の切実な相談を突っぱねることはできない、だから、全国一般(全労連加盟)や地域労組と連携して取り組むことを約束した。彼は、体を壊している。職場には、彼の苦しみを理解してくれる仲間もいなさそうだ。
 そのときの僕には、正直、スパッと解決できる見通しはなかった…。彼の職場の就業規則と労働法とを突き合わせながら、弁護士を含めた多くの人たちの知恵と力を借りることになった(この項つづく)。

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2005/05/09

声にならないから詩

 これまで書いてきた、自分のブログを読み直したのですが、明らかに手抜きとわかるもの、何が言いたいのかわからないもの、霞が関で働く者として自嘲(じちょう)に満ちたもの、あるいは逆に、極めて暴力的で挑発的なもの言いのもの…そんなものがたくさんあって反省しました。一言で言えば、言葉に対する自覚が足りなかった。

 それで、今夜は、省筆の意味も込めて、僕のところに送られてきた詩を紹介しておきたい。本省庁で働く職員の詩だ。僕には詩を理解する力はないけれど、詩の言葉は、本当は声にならなかった言葉のこと。あるいは、ギリギリのところから発せられた言葉のこと。それだけは、わかる。

  
  自殺過労死

  人事院が基準作り
  仕事原因の自殺を公務災害に
  九八年五月二九日の産経新聞の
  小さな記事だ。

  人事院の調査によると、自殺は
  国家公務員の死因の第三位。
  年間百件程度発生しており、
  本省庁の自殺が増加傾向にある。
  「専門会議」は、長時間勤務や
  ストレスからうつ病になどに陥り、 
  自殺に至るまでの因果結果を解明する
  と書いてある。

  死を語ることは タブーか
  相次ぎ五人が自殺
  「○○庁○○分会組合員の自殺過労死」
  九七年七月に香田徹也氏が書いたルポルタージュだ。

  九六年一一月三〇日 朝
  中央線東小金井駅で特急電車に飛び込み。
  ○○庁総務部長 五三歳
  政府与党との厳しい折衝決着の二日後。

  九七年一月八日 自宅
  電気コードを体に巻き付けた感電死
  ○○局○○課長補佐 三五歳
  組織縮小問題で連日の残業の後。

  そして
  九七年三月二九日 午前六時五分頃
  ○○庁七階北側 給湯室の高い位置の狭い窓―目の高さくらいにある配管を足がかりにして、さらにその上のガラス窓とその外を覆う金網を押し開いて飛び降り。
  ○○部○○課係長 三〇歳
  労働組合○○庁分会役員。
 彼の分会は、
  聞き及ぶところ、
  自己中心的で、
  聞く耳を持たない、
  現特権(キャリア)課長の就任以来、
  彼の仕事が激増し、
  年次休暇も取れず、
  三月に至っては
  休日返上の激務が続き(三月残業時間は一六八時間)
  体力的、精神的に憔悴しきっていたと
  思われる
 と、声明を発して、
 分会はじまって以来の組合員参加による
 大衆団交で、
 当局と人事院に彼の死を公務災害と認めさせた。

 香田徹也氏は
 こういう職場での殺され方が果てしなく続く可能性が
 なおなくなっていないからこのルポを書いたという。

 人事院の「専門家会議」は、
 自殺と仕事の因果関係を解明するようだが。

              白永一平詩集『ふうわり夢のなかで』から

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2005/05/06

正しいことほど強いことはないんだって(文部省)

 このゴールデンウィーク、僕は、たっぷりと休養できたのですが、霞が関の某省で働く友人は、すべての休み返上で国会対応に駆り出されいるということをメールで知り、遊んでいた僕の心がチクチク痛みました。彼は、ちゃんと代休が取れるのかしら…、とても心配です。

 さて、初めて参加したメーデーは、天気に恵まれて、とても爽やかでした。
 たくさんの人が、「憲法九条を守れ」「残業代を払え」などなど、それぞれの主張を書いたプラカードやデコレーションを持っていました。看護師さんは白衣姿で参加していたし、金属労働者は作業服のまま元気にシュプレヒコールをあげていた。この自由さがいい。
 僕が驚いたのは、連帯のあいさつに立ったのが、元外務省レバノン大使館大使の天木直人さんだったことだ(僕がいつも批判しているキャリアだ!)。天木さんは、イラク戦争反対の気持ちを官邸に伝えることと引き換えに職を辞した勇気ある外務官僚だった。「メーデーに招待され、話すことができて光栄です」と切り出した天木さんは、戦後直後、文部省がつくったという「あたらしい憲法のはなし」というテキストを開き、こう呼びかけた。
「憲法九条は、世界に先駆けて戦争をしないと誓ったということ。ここには『正しいことほど強いことはない』と書いてあります。…やすやすと憲法『改正』を見過ごすなら日本の将来に悔いを残すことになる。しかし、われわれが『改正』を阻止するなら、そのとき新しい日本をつくることができる。そのために自分も余生をかけたいと思います」
 大きな拍手が広がり、僕は、外務省の元キャリアが、こんなにも力強い呼びかけをしたことにとても励まされたのだった。集会が終わった後、僕は演台の裏手に全速力で走っていき、天木さんに名刺と国公一般のニュースを渡し、「外務省職員や在外公館で働く職員の問題で、いろいろと意見交換させてください」と頭を下げてきた(笑)。

 …んで、憲法記念日。
 戦後すぐに文部省がつくったという「あたらしい憲法のはなし」(復刻版)を入手する。そこには、「戦争の放棄」という項目があって、以下のように書かれていた。

 みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。
 戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。
 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。  
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

 なんという優しい言葉だろうか? そして、なんと心のこもった言葉だろうか?
 憲法九条の原点とも言うべき文章を、国の文部省がつくっていたことに驚き。新聞各紙は、濃淡はあるが、憲法改正派が増えつつある一方で、九条護憲派がしぶとく多数を占めているという世論調査を伝えている。もう一度、憲法の根本を勉強したいと思いました。

 さあ、来週から本格的に国公一般は組織拡大に動き出します。

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