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2004/10/29

時代の不安

 午前中、厚生労働省へ。合同庁舎5号館は、深夜まで電気のついている悪名高き「不夜城」の一つである。畜生。本当になんとか規制しなければならない。全厚生(旧厚生省の組合)と全労働(旧労働省の組合)の本部で、いろいろと話し合い。それから、総務省へ向かうため合同庁舎2号館へ、そのあと国土交通省(のある同3号館)へと梯子(はしご)。国土交通省では、全港建(旧運輸省の建設部)という組合で、いろいろと懇談。極めて有意義な話し合いができた。PRリーフレットも機関紙「国公いっぱん」第2号も好評で、僕は胸をなでおろす。
 お昼休みは、若い組合の仲間とともに日比谷公園の噴水前で、就職・雇用アンケートを行う予定だったので、時計を見ると集合時間まで15分しかない。朝食を抜いていたので、地下の古めかしい売店でメロンパンを買い、走り食いしながら公園へ。噴水のまわりには、仲間が待っていて、食事をとっている若い労働者がたくさんいる、いる。就職活動中の青年もいるはずだ。
 この「就職・雇用アンケート」というのは、官民の労働実態を知るために行っている行動だ。日比谷公園は、いろいろなアンケート調査がやられる場で(化粧品とかの新製品の声とりとか)、珍しく割と対話が成立する場所なのだ。1時間で10人くらいの青年労働者たちの話が聞けただろうか。その、ささやかな行動で感じたのは、①正社員の人は、サービス残業など「不満」があってもとりあえず「満足」を表明するのだが、派遣の人は、「いつ辞めさせられるかわからない」「時給が低すぎる」と言い、いまの雇用状況について「不満」を示す、ということだった。それから、②女性も男性なみに働かされていて、ある女性労働者は、平日の平均退勤時間が夜10時だというので、「それ、霞が関も真っ青だよ~」と僕はのけぞる。対話をした若者のなかには、国家公務員もいて、そういう人には、僕は名刺とPRリーフを渡して、「困ったことがあったら、メールください。世界の果てでも馳(は)せ参じます」とセールストークを展開する(笑)。そう言えば、厚生労働省で働く非常勤職員の女性2人といろいろと話ができた。正職員とほとんど変わらない仕事をしている非常勤職員が、契約任期をこえたら、いかにスキルを持っていても問答無用に解雇されるという「3年雇い止め」問題などを話すと、「組合の力でなんとかしてくださいよ~」と言われる。すかさず、一緒にアンケート行動をしていた仲間の女性が、「そういうときは、みんなで立ち上がるんですよ~」と励まして(?)、明るい笑いが起きた。
 たかだか1時間のアンケート行動ではあったが、平穏なベールを剥(は)げば、そこには、時代の不安というものをひしひしと感じることができる。

 昨晩は、仕事が終わらず、そのまま日にちが変わってしまい、そんで酒(ブログが書けませんでした)。

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2004/10/27

『人事院月報』一気読み

 われらが人事院が毎月出している出版物に『人事院月報』というものがあり、今朝、財務省の前で定時退庁を呼びかけるビラを配った後(1時間で500枚が勢いよくはけてビックリ)、全国税の事務所で一服していたときに雑誌棚にあったのを見つけたので、久しぶりに読んでみた(ちなみに10月号)。一読して、建前と現実のギャップに驚いた。
 特集は、「『多様な勤務形態に関する研究会』の中間取りまとめ」で、そのなかに「勤務時間制度の弾力化・多様化をすすめるに当たっては、適正な勤務時間管理が必要不可欠である。同時に、IT化などを通じて勤務時間管理の効率化を図るべきである」と書いてある。すぐ思いついた反論。「霞が関では、適正な勤務時間管理が行われていないばかりか、ある省ではIT(パソコンに勤務時間を打ち込むシステム)を利用しても、その適正な時間が、会計の部分で改ざんされて手当に反映している有様である」。
 次。「公務員倫理モニターへのアンケート調査結果」。真っ先に書かれている見出しは、「国民の利益を第一に考えて!」。国家公務員には、これがほとんどできていないらしい。連日、新聞を賑(にぎ)わしている国家公務員の不祥事、いったいどうなっているのか? それで、解決策は「倫理保持のためには、トップの姿勢や組織風土が重要」。トップから腐っているところもあるのだから、大問題のわけだろう…(悲)。
 次、ある大学教授による、上司と部下の関係が大切と説く論文。小見出しを拾うと、「全員参加の職場:全員が参加して『知恵』を出す」。何々? …現場に安心モードがあり、個人的なことでも話し合える明るい職場、上司は部下の問題を解決してくれる、われわれの提案を活かしてくれる、そんな職場が成功している企業の特徴…、これって、政府・人事院がやろうとしている職場「改革」とは正反対のものではないのか!! 憤懣(ふんまん)やるかたない。
 気を取り直して、次っ。「平成15年度人事院政策評価結果等について」。「民間準拠」の給与勧告、実績重視の給与体系への転換整備など「自画自賛」。他方、「適正な勤務環境の整備及び健康の保持増進」については、「公務における自殺者の増加、精神・行動の障害による長期病休者の増加、また、セクシュアル・ハラスメントの被害者数がまだ高い水準」にあるから、「対策はより一層の推進が必要」だと。国家公務員の異常さを裏付けている。前段のようなことに血道をあげているから、後段のようになるということに気がつかないのか、まったく本末転倒もはなはだしい(怒)。
 次。「国家公務員の育児休業等実態調査結果」。すでに、メニューの「霞が関情報」にアップしているが、男女参画社会にはほど遠い現実…。続いて、「国家公務員健康週間に当たって」。はっきり言って、スローガンだけじゃ駄目です。全国で国家公務員7000人が長期休業を強いられているんだよ!! 
 それで、あっという間に、「編集後記」。「最近、360度評定を取り入れたある官庁では、幹部の自画像と、部下たちが描いた人物像とが大きく異なることがしばしばで」などと書いている。『内側から見た富士通』にも書いてあったけれど、成果主義システムの大問題は、部下に成果主義を実践させる管理職の側の評価が不問にされること。官庁でも、すでにそのままのことが起きていること認めているじゃん。
 あ~、疲れた…。天下の『人事院月報』が、確かな現実に裏付けられているはずなのに、なんだか色あせて見えるのはなぜだろう。

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2004/10/26

書く・読む・話す+α

 以前、優秀なオルグ(古い響きだな~。でも、この言葉って、「組織者」「拡大係」でもないんだよな~)とは、みんなにわかるような感じでの「書く・読む・話す」能力が必要だと書いたけれど、この間、国公一般のPRリーフの作成をすすめるなかで、オルグには、それに加えて、みんなの気持ちにフィットする「感性」が必要ではないかと痛感している。全経済(経済産業省の組合)の「全経済新聞」最新号は、大会特集号だけれど、そのなかで、ある代議員の「団結ガンバローは、やめてはどうか」という発言が載っていた。主旨は、「職場に入ってくる若い職員は、学生運動の経験もなく、『団結ガンバロー』の姿を見た瞬間、アレルギーを起こして辞めてしまう」ということらしい。発言の意図は、(とりあえず若者の一人として)よ~くわかる!! 
 しかし、この発言の評価は別にして、こういうとき、オルグの感性が問われる気がするのだ。労働運動を引っ張ってきた団塊(だんかい)の世代の、シュプレヒコールに込める心意気と新参者である若者たちの戸惑い…、オルグは、こんなとき、すべてを総合させながら、彼の発言の後をどのように引き受けていくのか? それこそ、一刀両断に切り捨てる発言をするのかあるいは……まさにここは、感性の問題だろう。
 国公一般のPRリーフは、ある意味では、僕の感性が問われる仕事だった。デザイナーには、こちらのイメージを具体的に伝えなくてはいけない。そうして、同時に、霞が関で働く職員のみなさんから様々な意見を聞くことで、僕の一方的な感性(思い込み)が改められながら発展していったイノベーティブ(革新的で)でエボリューショナル(発展的)なコラボレーション(共同作業)の結果でもあった(笑)。
 このリーフをつくりながら、僕は「無法がまかり通る霞が関で働いている仲間たちが、このリーフを手に取ったとき、『これ、作ったの、俺たちのことわかってるな』と密かに思い、すぐには捨てず、とりあえず机のなかにしまって置けるものをつくりたい」と、祈るような気持ちでいたのだが、果たして出来上がりはどうだろうか?
 最終審判は、近日みなさんが手に取ったところで…。 

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2004/10/25

他人事ではない

 先週の金曜日、仕事を終えてそのまま新潟県湯沢町の苗場(なえば)スキー場へ向かった。苗場は、毎年、フジロックが開かれる場所で有名ですが(僕も2度ほど行きました!)、そこへ今回初めて、組合員の仲間とロックつながりの友人たちとボードウォークキャンプを行ったのだった。「ボードウォーク」というのは、足の不自由な人たちや子ども・高齢者が自由に大自然のなかを移動できるような木造の道をつくるというプロジェクトだ。地元・旅館組合のおじさんや全国の青年たちが手弁当で集まり、雑木林を開拓しながら共同作業で道をつくっていく壮大なものだ。
 キャンプのテントもはり終え、夕食の準備をしているなか、いきなり足もとがグラリッと揺れ、漫画に出てくるカタカナの「ゴゴゴゴッ」という言葉通りの地鳴りがしたのだった。「地震だ、地震!!」「お、大きい!!」久方ぶりに感じる揺れだった。直後から携帯電話が通じなくなる。夜集合するはずの仲間が心配になる。この時点では、あの大被害を想像することもなく、食事を食べていたが、不吉なことに余震が続く。i(アイ)モードで被害情報と交通情報を確認しようとするが、不通。その後、村の人から情報をもらい、山の向こう側では地盤が崩れて人が生き埋めになっていると知らされる。何ということだ。空には、自衛隊のヘリが舞い始める。話によると、交通は遮断されているらしく、新幹線も脱線しているという。僕らは動きようがなくなる。「他人事ではない…」。この言葉が、瞬間で浮かんだ。すぐに行動に移せない苛立(いらだ)ち…。被災された方々にお見舞いを申し上げるしかない。
 「いま国民のなかへ、国民とともに」を合言葉にする国公労連は、これまで、阪神淡路大震災のボランティア活動に全力をあげ、今夏の新潟・福井の水害では、組合員の状況を調べ、義援金を募った。今回の新潟中越地震に際しては、早速、組合員だけではなく被災者全体のことを考えて、「何かやらねば!!」という動きがおこっている。国家公務員には、1年のうち5日間のボランティア休暇が認められており、「それを使わない手はない」という声も出ている。
 日ごろ、霞が関に照準を合わせている国公一般だが、図らずもキャンプで遭遇した天災から、「僕らに出来ることはないか?」と視野を広げて考えることになった。う~ん、僕たちに何ができる? 僕は、新潟の長岡にいる友人や恩師に電話をかけまくり、安否の確認をしましたが(みんな無事でしたが、公民館で夜を明かし、米を食べていないと言われました)…。

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2004/10/21

裁判官とは何者か?(改訂版)

 今日の昼、霞が関にある東京地方裁判所は、国公労連加盟の組合員139名の原告が提訴していた「国公権利裁判」に対する判決を下したのだが、僕らの訴えを全面的に退ける不当判決だった。
 この裁判は、国(人事院、政府、国会)が2年前史上初の賃下げ勧告をおこない、その「給与法改正」において、一度支払ったはずの4月以降の給与にも遡(さかのぼ)って賃下げするという前代未聞の「12月期末手当の減額調整措置」が取られたことに対して、僕らは労働基本権(団体交渉権)がないままに、「労働者の不利益は遡及してはならない」という法理(労働法では許されない原理)を盾(たて)に、国の脱法行為によって生まれた賃下げ分の賠償をもとめるものだ。簡単に言うと、月ぎめのおこずかいについて、自分でつくった多額の借金の穴埋めをしようとする親が「おこずかい、来月から下げるからね」と言っておいて、来月になったら「今年の初めからあげていた分も下げておいたから」という汚いやり方を糾弾したわけだ。
 だが、裁判官は、国家公務員には団体交渉権はないとする主張を基礎に、給与の減額措置は不利益遡及に当たらないとした。まったく子どもでも理解できる原則を否定する、とんでもない判決だと抗議したい。この前、大手新聞社の記者さんと酒を飲んだ際、この裁判の話になり、記者さん曰く「民間だったら、暴動が起きますよ、暴動。だって、もらった給料から勝手に差し引かれたら、いつまで経っても給料の額が決まらないじゃん」。おっしゃる通り!!

 だいたい、裁判官ってのは、何者なのかね? この裁判は、あなたたち裁判官の給料の確定問題でもあるんだよ? いやいや、憲法第79条6項には、裁判官の「報酬は、在任中、これを減額することができない」と書いてある。マジ? こんなにガッチリ身分保障されていたら、もっと公正に判断してくださいよ!!
 霞が関を歩くと、ひまわりバッヂの弁護士、三つ葉の検察官をよく見かけるが、裁判官だけが見分けがつかない。国民と結びついていないところからでは、出す判決も生活から程遠いものにならざるを得ない。市民運動の先頭に立っているドイツの裁判官を見習ってほしい。

 しかし、まあ、文句ばかりたれていても仕方がない。裁判を起こした意義を確認しつつ(労働法学者のみなさん、じっくり検討してもらいたい)、前進あるのみだ。

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2004/10/20

成果主義の企業で成功したところはない。

 台風がやってきて、第2次中央行動はどうなることかと思ったけれど、なんのことはない。早朝の定時退庁宣伝(僕は傘をさしながら、財務省前でビラまき)をおこなうし、全国から公務労働者がぞくぞく東京・霞が関に集まり、かつ、総務省前・人事院前・行革事務局前と三つに分かれて要求行動をすることができた。デモこそ取りやめなければならなかったけれど、人事院との交渉、すべての国会議員要請も粛々(しゅくしゅく)とおこなった。国公労連の意地を見せた日だった。
 そうして、夜は、話題のベストセラー『虚妄の成果主義』の著者である高橋伸夫東大教授を招いての講演は、組合員で会場をいっぱいにした。ゆうに500人ぐらいは、いただろう。
 そうして、高橋教授は、「成果主義制度を導入した企業で成功したところはない」と断言したのだった。トヨタもキャノンも成果主義ではなく、年功主義を中心に据えているそうだ。
 メモを見ながら、先生の名言を、以下、ランダムに書きとめてみる。
「主観的な評価というのは、間違っていない(職場のみんながデキル人を認めるものだ)」「成果主義といっても、パーセントでランク枠をはめるので中間にあたるCランクが多くなるのは当然」「点数評価で人材を抜擢しても、その人の使い道はない(人間関係はゼロから始めなくてはならない)」「年功制の本質は、次の仕事があるという安心感」「労働者は、金ではなくやりがいのある仕事を求める」「成果主義は、賃金カットの口実」「経営者は、社員の全リスクを負うから給料が高いのであって、成果主義はそれを否定するもの」「会社にとって大事なことは、労働者が『あいつともう一度仕事がしたい』『あの人について仕事がしたい』と思わせること」

 そして、一番納得した言葉はこれ。
「成果主義とは、『成果を出せば金をやる。成果を出さねばクビになって路頭に迷っても会社には責任がないよ』という手抜きのシステム。年功制とは、先輩が新人に『オレについてこい。会社は、お前らの生活は守るから』と言えるカッコイイ制度」
 高橋教授は、学生を教えている立場から次のような言葉も…。
「いまの若者は、先輩の生の、本音を聞きたいと思っている。経験を積んだ人の、仕事の面白さやノウハウ、熱いDNAを伝えないとこれから会社や組織は潰(つぶ)れてしまう」
 これらは、いまの労働組合についても十分当てはまる至言(しげん)だと思う。

 成果・実績主義が、組織をめちゃくちゃにすることだけは、実感としてもわかった。
 さあ、たたかいに生かすぞ。

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2004/10/19

新組合員教室の喜び

 今日一日、東京・霞が関は、ずっと雨に降られた。(台風も来ているし)全国の組合員から、明日の第2次中央行動は、どうなのるのか? との問い合わせが相次いだ。しかし、雨天決行。先輩いわく、国公労働者は、そんなヤワじゃない(笑)。
 夜7時から、国公一般の新組合員を対象にした組合員教室を開催する。霞が関で仕事をしてからの学習の場だ。僕も1時間半の講義を受ける。国家公務員の身分保障の話。国公労働運動の歴史。いま政府・人事院がかけてきている公務員制度「改革」の概要。広く浅く講義してもらった。これから各論として深めていかなくてはならない。
 そうして、いま、新組合員のみなさんの歓迎会を終えて、しこたまお酒を飲んだ頭のまま(つまり、僕は昨日と合わせて連チャンのわけだが)、わざわざこのブログを書くためだけに西新橋の国公労連本部に戻って(自宅のパソコンが壊れているので)、こうやってパソコンのキーボードを叩(たた)いているのだ。雨は、降りやまない。新しい組合員が増えるということの意味を噛(か)み締めている。組合員が増えることは、攻め込まれた状況を変えていく喜びにつながる。新しい仲間、その人たちから、いろいろな話が聞けるし、僕もいろいろな話ができるのだ。共通項は、この狂っちまった霞が関を民主的に変えていこうという点だけなのだ。人間のつながり、国公労連の存在って、スゲーよ。はっきり言ってスゲーんだ。しかし、焼酎(しょうちゅう)ってのは、回るのが早いな…。酔っています、ごめんなさい。
 さあ、明日は、早朝の定時退庁宣伝だ。ガンバッテいきまっしょい。

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労働相談のモットー

 昨晩は、深刻な労働相談の対策会議が長引いて、事務所を出たのが午後10時過ぎだった。国公労働者の苦しみや悩みを聞き、それをなんとか取り除いたいと思う。国公一般の労働相談の担当者としてのモットーは、相談者を絶対に裏切らないということだ。そのために、国公労連のすべての仲間たちは、これまでの経験と知恵を絞る。一つの相談は、たくさんの人々の団結を生み出していく。
 事務所を出て、そのまま新橋の飲み屋へ向かった。遅い夕食と焼酎の蕎麦(そば)湯割を飲む。一日、全力で働くとお酒が美味(おい)しい。しこたま飲む。頭がぐらぐらしてきて、日が変わるころに店を出る(当然、昨日付のブログは書けませんでした。すいません)。地下鉄虎ノ門駅に向かう路上から眺めた経済産業省の建物は、煌々(こうこう)と灯りがついている。なんだか悲しくなる。しかし、絶対に僕は負けない。

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2004/10/15

国家公務員に労働基本権を!

 昨日の毎日新聞の社説見出しは、どーんと「公務員制度改革 労働基本権付与に踏み込め」。トラックバックのやり方がわからないので、じかに見てください、すいません。
 「毎日」社説は、政府・行革推進事務局が、能力・実績評価制度の導入を目指しているが、それは、公務員の労働基本権制約を取り除くことが前提になると主張している。つまり、当局が評価制度を一方的に運用するのではなく、労組との交渉事項にしなければならないということだ。なるほど、能力・実績で職員の評価が決まるとなれば、それは、ほとんど民間企業で行われていることと同じじゃないか。すると、民間労働者と同じ労働基本権を与えてくれなければ、ますます国・当局の勝手し放題になってしまう。
 今日のお昼休みは、国公青年協(若い青年国家公務員のみんな)と女性協(女性職員)が人事院の前に集まって、「初任給を引き上げろ~」「昇任・昇格の男女差別をなくせ~」とシュプレヒコールしたのだった。360人が集まり、熱気むんむんだった。青年と女性が集まると、なんだか元気がわいてくるから不思議だ。それで、宣伝カーに乗って発言する青年や女性が、口々に国の行政機関にも、露骨な差別人事があることを訴える。そういうわけだから、これまで国公労連や単組が、当局との交渉のなかで差別の問題を追及してきたわけだ。例えば、「定年するまでに8級に上げて下さい」「転勤などを評価の基準にするな」などなど。国際的に見ても、国家公務員に労働基本権を認めるということは主流だ。
 そういうわけで、「毎日」のスタンスは、国と国公労連との、公務員制度改革における深い対立を見据え、われわれに味方してくれている立場で、最先端を走っている(ちょっと誉め過ぎか?)。
 
 今日一日の仕事で、なんとか労働相談が解決に向かいそうだ。

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2004/10/14

始まりの日々

 国公一般の大会が終わると、それは、「終わり」ではなく、実は、文学で言えば物語の「始まり」であることに気がつく。昨日のブログには、大会宣言を全文掲載したけれど(実は、ホームページの容量が足らなくて、ブログに押し込めるしか方法がなかったのです。決して、手を抜いたわけではありません)、一読してもらうと分かるように、霞が関の本省庁には深刻な矛盾が渦巻いていて、それを一つずつ解決していくのが国公一般の仕事であり、そういう仕事には、もともと終着駅などないのである。長時間過密労働やサービス残業の是正、メンタルの病気の再発防止などの課題は、一朝一夕に片付くものではなく、実は、構造的な問題であることは理解してもらえると思うけれど…。
 それで、今日は、一日中デスクワークをこなす。午後、東京国公を訪問して、この秋の取り組みについて短時間の懇談をする。国公一般は、組織がまだ小さいので、いろいろな単産・単組のノウハウを教えてもらわなくてはならない。ところで、デスクワークの中心は、国公一般に寄せられた労働相談についてで、この間、深刻なものが相次いでいる。その一つひとつに、どのような解決策を見出していくのか、これが大切な仕事なのだ。相手の気持ちが一番大切で、次に、国公一般の適切なアプローチが必要だ。まずは、相手が前向きになってもらうために、何ができるか。いつもそれを考えている。そんなとき、僕がこれまで接した人とのつながりや先輩から教えてもらうノウハウが、思わぬかたちで生きてくる。今日もある人へ電話をかけて、アドバイスをもらう。マルクスは、人間を「類的存在」「社会的諸関係の総体」などと呼んだけれど、大袈裟でなく、そんなイメージで労働相談に取り組んでいる。
 お昼、本部でデザイナーとの打ち合わせ。なかなかイメージ通りに仕上りつつある。
 結局、仕事は終わらず、明日も労働相談の続き。それから、単組訪問。やはり、「終わり」は、「始まり」である。

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2004/10/13

大会宣言

 先日、無事に終了した国公一般第2回定期大会の大会宣言を掲載します。

 大 会 宣 言

 われわれは本日、「本省庁に強大な国公産別組織をつくろう」のスローガンのもとに国公一般第2回定期大会を開催した。昨年12月、東京・霞が関を当面の対象として「どこの省庁にいても」「正職員でも非常勤職員でも」「一人でも」加盟できる労働組合として結成された国公一般は、定時退庁宣伝や労働相談などに精力的に取り組んできた。

 一見すると硬い岩盤に覆われて盤石に見える霞が関本省庁だが、その下には激しい矛盾のマグマが渦巻いている。
 国公労働者から、深夜の1時58分に次のような携帯メールが送られてきた。
「勤務軽減願いを出してもこんな時間にタクシーに乗っている現実に絶望している毎日です。毎日定時でなくても、納得いく範囲で、自分の時間を持ちつつ仕事に打ち込めるような、そんな職場に僕は巡り会えるのでしょうか」
 また、ある省庁の職員からは、次のようなメールも寄せられている。
「当省では病欠で長期休暇になっている職員が100人以上いるそうです。なかでも過重労働による精神障害がとても多いとのことです。明日は我が身かもしれません」
 キャリア支配のもとでの長時間過密労働とサービス残業の横行が、職場から余裕を、職員から働きがいを奪い、労働者使い捨ての状況もあって、意に反した早期退職や深刻なこころの病に追い込まれる職員が後をたたない。民間企業のサービス残業を規制している監督官庁のおひざもとにおいてさえ、こうした事態が起きていることは、あまりに激しい矛盾である。
 
 政府・当局は、「弱肉強食」の思想をふりまき、国民本位の行政を形骸化した仕事を職員に強制している。すべての行政サービスの民間への丸投げさえたくらむ彼らに、良心の呵責にさいなまれながら身を粉にして働く職員の胸のうちをかえりみる人間らしさはない。それどころか、国家公務員のさらなる定員削減と職員を際限のない競争へと駆り立てる評価・実績主義の導入など、もの言えぬ職場環境づくりを進めようとしている。

 この矛盾を解決するには、労働者らしいたたかいしかない。国公一般の労働相談に「出口のない怒り」をぶつけた職員が、国公一般の活動にふれて、「職場を少しでも変えたい」と組合員になることを決意し、展望を持った組合活動へと踏み出している。
 われわれは、「組合員のいのちと生活を守る」「働きやすく、やりがいのある職場をつくる」「ともに手をとりあう仲間をふやす」という3つの旗を高く掲げ、霞が関の国公労働者の悩みと苦しみ、怒りと悲しみに徹底的に寄り添い、その思いを起爆剤に霞が関変革の要求と運動の組織化へあらたな一歩を踏み出すことを確認した。

 国公一般は、矛盾が激化する霞が関に必然的に生まれた。われわれのたたかいは、常に霞が関の変革を求める職場の声に支えられており、それゆえに道理がある。愚直に、粘り強く、励まし合い、「不夜城」と呼ばれる霞が関の職場に、「希望のたいまつ」を灯す取り組みを展開する。われわれの灯すたいまつは、省庁から省庁へと飛び火して、やがて燎原の火となり、いつか絶望の淵にたたずむ、まだ見ぬ仲間たちの頬を明るく照らし、壮大なたたかいのうねりとなる。
 
 以上宣言する。
 2004年10月8日
 国家公務員一般労働組合第2回定期大会

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2004/10/12

国会開催に向けて初デモ

 いよいよ臨時国会が始まるが、よく考えると、日歯連の違法「献金」問題や沖縄米軍ヘリ墜落事件など、まったく解明されていない問題が山積している。小泉内閣が真っ先にやろうとしている郵政民営化問題など、言っては悪いけれど、ほとんどの国民が期待している施策ではないと思うけれど…。
 今日の昼休み、国公労連は、他の労働組合と連帯して、諸要求実現に向け、国会まで初デモを打った。「憲法改悪を許さないぞ~」「年金改悪法の実施を許さないぞ~」「軍事費を社会保障にまわせ~」。「国公一般」の緑の旗を押し立てながら、僕は、シュプレヒコールを勇ましく唱える。隊列は、しかし、200人くらいか。
 国会が見えてきて、議員会館の前には、年金者組合の人たちが座り込みをしている。修学旅行の子どもたちが、僕たちのデモを見て、手を振ってくれる。「アメリカの戦争にに協力するな~」「自衛隊は、イラクから撤退せよ~」。この言葉を聞いて、子どもたちは、僕たちに共感を持ってくれたようだ。とても嬉(うれ)しく、励みになる。雨上がり、じとっとした空気。汗がにじみ出る。
 公務員制度改悪法案を提出させないたたかいが、引き続き重要である。

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2004/10/09

大会が無事に終わって…

 国公一般の第2回定期大会が無事に終わりました。
 質疑では、本省庁で働く国公労働者の、組合活動の時間さえとれないほどの長時間過密労働の状況が報告されました。闘争方針、財政方針、大会宣言を全員で採択しました。僕は、気が引き締まる思いでした。霞が関の無法状態を少しでもなんとかしたいと改めて決意しました。
 
 しかし、いや~、ホントによかった、よかった。これで、いよいよ国公一般が本格的に霞が関の海に出航することになりました。みなさん、よろしくお願いします。
 (昨日の日記が書けなかったのは、そのまま組合員のみなさんと西新橋→目黒へとくりだして、たらふく飲んだからです。後日、方針や大会宣言などを順次アップしていきます)
 

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2004/10/07

明日は、国公一般の大会デス。

 明日は、国公一般の第2回定期大会が開催される。今日まで、方針案などをまとめるのに大変だった。組合員の意見を聞きながら、方針を叩いていくのだが、そのうち理想と現実とのはざまで苦しむことになった。しかし、「背伸びしつつも確実に」前進していきたいと思う。明日は、いろいろな意見が出そうな予感がする。
 国公一般の組織対象は、当面、霞が関の本省庁だ。一見すると、何も起きていないように見えるが、水面下ではさまざまな矛盾が渦巻いている。大会は、そういう部分を摘出(てきしゅつ)しつつ、組合として大きくなることで、労使の力関係を変えようと呼びかけるつもりだ。
 とりわけ、長時間過密労働とサービス残業は、待ったなしの課題だ。国家公務員の場合、超勤手当の総額が、あらかじめ予算で決まっているで、上限以上の労働の対価はなく、すべてサービス残業=ただ働きとなる。それも国会会期中や年度末の忙しいときなどは、半端ではない長時間(午前様なんて当たり前、何日も泊り込むなんてことが平気でおこなわれている)で、ただ働きさせられることになる。今夜も虎ノ門から眺める経済産業省、厚生労働省、財務省、外務省の窓は…煌々(こうこう)と太い帯となって電灯がついている。労働基準監督署は、霞が関を摘発することができない。
 国公一般は、これから、こうした矛盾を一つひとつ取り上げて、きっちりかたをつけていこうと思う(サービス残業の問題は、給与法・勤務時間法や人事院の指針なとで細かく決められていて、表向きは、そういう無法は存在していないということになっている。このことは、いずれ詳しく書こうと思うけれども)。 

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2004/10/06

成果主義の内実

 今日は、午後を使って、霞が関にある国公労連の加盟単組をまわりました。全経済(経済産業省)、全労働・全厚生(厚生労働省)、全法務(法務省)、全通信・全建労(総務省)、全運輸・全港建(国土交通省)に足を運んで、いろいろと意見交換をしました。来週から臨時国会が始まりますが、霞が関の本省で働く職員は、議員の質問取りから想定問答集づくりまで、国会待機組を含めて、想像を絶するサービス残業を強いられる期間です。
 さて、マルクス『資本論』、エンゲルス編集『賃労働と資本』を読むまでもなく、賃金とは、労働者の働いた時間(つまり労働時間)で決まるものです。これは、労働法の原則です。そうして、商品の根本には、労働者が投下した労働の価値があるわけです(労働価値学説)。『内側から見た富士通』を読むと、成果主義制度というのは、裁量労働制度の導入が不可欠であるからして、労働時間よりも成果を重視して賃金を支払う制度になっていることがわかる。つまり、究極のところ、職場に出勤しなくても、一秒のひらめきによる成果を出せば賃金は青天井という原理なのだ。しかし、「労働(力)の対価としての賃金」という原則が崩れると、主観的な評価によって、結局のところ、恣意(しい)的な格差が広がって、組織は腐敗することになる。実際、富士通が、赤字計上を繰り返して、ブランドの価値を下げてしまったのも、そういう原則を破壊したところにあったことがよくわかる。シリコンバレーと日本の企業とは、まるで勝手が違っているのだ。
 『資本論』の確か「労働日」の章あたりに、イギリスで工場法が出来て、労働者の労働時間が確定され、女こどもの労働に制約が課され、健康診断などが導入されることで、資本家の予想に反して、かえって、生産力が高まったというくだりが出てくるが、まさに、国公の職場においても、国が超過勤務手当の完全支給やメンタルヘルス対策に万全を期すことで、各省庁の力量が底上げされるような気がする。国は、やるべきことからちゃんとやってもらいたい。
 しかし、政府・当局は、そこら辺のことがまったく分からないのですね。いま現在でも、定員削減を無理矢理続けようとしているのだから…。まったく困ったものだ。これは、国公労連が取り組まなくてはならない問題ですね。
 
 あ、大きい地震がきている!!

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2004/10/05

大雨のなか

 今日、東京は大雨に見舞われました。午前中、地下鉄に乗って神保町にある千代田区労協(地域の労働組合です)へ行き、国公法弾圧事件(この事件の概要については、後日書きますね)の裁判資料をいただく。裁判は、第2回公判が終わっているが、今後も予断が許さない。
 帰り道、大雨がさらに大雨を呼び、スーツはびしょ濡れになるわ靴のなかはぐずぐずになるわで参った。そのまま地下鉄三田線に乗って、車内で先日買った『内側から見た富士通』を読んでいると、あまりの面白さに読み耽(ふけ)ってしまい、乗り越しならぬ「途中下車」で、内幸町で降りなくちゃいけないのに、なぜか手前の日比谷で降りてしまう(笑)。もう雨はやんだと思い外に出たら、さらなる暴風雨になっていて、しかし「負けてたまるか!」と気合を入れて、日比谷公園をまわって霞が関まで歩いたら、もう前も後ろも水浸しになってしまった。なぜ、こんな馬鹿なことをしたのかわからない…。
 そんな格好でも、そのまま財務省へ(笑)。全国税本部でいろいろと打ち合わせをしました。明日は、定時退庁日の水曜日であり、国公労連が「公務サービスの商品化を許さない」街頭宣伝を行う日である。明るく元気にやりましょう。
 午後いっぱい使って、国公一般の第2回提起大会の準備を行う。運動方針案、春闘までの取り組み、財政方針案などなど、やるべきことがたくさんある。あ、そうそうパレードとか学習会も企画したいな~。
 そんなこんなで、乾かしていた靴下も夕方近くには半分乾いていた。

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2004/10/04

国公職場に広がるメンタルの病

 先日、本省で働く仲間の職員から衝撃的な話を聞いた。彼の職場では、病欠で長期休暇になっている職員の数がケタ違いに多いというのだ(驚けばいいのか、どこも同じだとばかりに「なるほど、そうだろうな~」と頷けばいいのかわからなくなり、複雑な心境になったわけだが)。なかでも超過勤務による精神障害がとても多いという。
 それで、昨年3月に人事院が発表した「国家公務員の長期病休者実態調査」を読んでみた(近々、霞が関情報に載せなきゃいけなくなるかも)。長期というのは、1カ月以上のことをいい、2001年度の総数は、なんと6591人。原因の第1位は、男性・女性ともに、がんを抜いて「精神及び行動の障害」となっていた。つまり、メンタルの問題です。とりわけ女性は、前回調査1996年から、なんと2倍以上に激増していたのだ。国公労連の調査部の分析では、「公務において、…行政改革のもと連年の定員削減が進められるなか、長時間過密労働が余儀なくされたり、サービス残業も当たり前のようになっています。仕事をするうえでのゆとりを奪い、結果的にこころをむしば」んでいるというもの(『調査時報』03.9月号)。たしかに、どの省庁の職場でもいいけれど、一度自分の周囲を見渡してほしい。精神を病んでいない人を見つけるのが難しいことがわかるし(だれかれ、何らかの薬を飲んでいるはず)、そんな、苦しんでいる仲間にあたたかい助けの手がさしのべられていない現実があるばすだ。
 さらに、今年3月、人事院がまとめた「健康安全福祉年報」を紐(ひも)解いてみる。平成15年度の国家公務員在職死亡者は、852人。そのうち自殺者は、134人で、とうとう「心臓病」を抜いて第2位となってしまっていた。ちなみに1位は、がんでした。こういう統計の数字だけで現実をみるのは戒(いまし)めなければと思いつつ、やはり、国家公務員の職場にメンタルの病が蔓延(まんえん)していると断言せばならない。だから、今年3月、人事院が重い腰をあげて、国公職場におけるメンタルへルスの問題で、管理職の責任を問う指針(「職員の心の健康づくりのための指針」)をまとめたのだ。
 国家公務員は、「勝ち組」だとか「ろくな仕事もしないお役人」だとか「お気楽職場の安住人」だとか、いろいろと悪罵(あくば)を投げられているけれど、実際は、どうなのか? とくにマスコミは、よ~く考えてほしい。

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2004/10/01

今日、一日…

 今日は、午後を使って財務省へ。
 先日、財務省前で早朝の定時退庁宣伝を行ったが、「財務の職員は、ビラの受け取りは悪いよ~」という前評判を裏切って、職員は、国公労連のビラを取る、取る、取ってくれる!! 組合が、まともな活動をする必要性を痛感する。いま、霞が関の国家公務員は、国公労連の発信する情報を求めていると感じる。すぐ組合に入るという選択が視野に入るというまではいかないが、息を潜めて、国公労連の活動を注視している。
 財務省で何をやったかというと、通称「組合通り」にある全国税と全税関の組合役員さんと懇談しました。来週の定時退庁宣伝では、国公一般と三者で、元気に行うことを決める。今後ともよろしくお願いします。
 ここでも話題になったのだが、どうやら、政府・与党は、公務員制度改革法案の臨時国会への提出を断念した模様だ。この間の国公労連の奮闘は、目覚しいものがあった。国の行政機関で働く職員でつくる、国公労連の存在意義を確認した。
 財務省に寄ったあと、国公一般の関係で渋谷・千駄ヶ谷で、デザイナーと打ち合わせ。この打ち合わせが、何の打ち合わせなのか、そして、その結果については、近々、お知らせします(お楽しみに…)。
 本部へ帰る途中、代々木の書店で買った本は、1973年生まれの若者が書いた『内側から見た富士通 「成果主義の崩壊」』(光文社・1000円)。いま話題の本だ。まだ、途中までしか読んでいないが、一言でいって、いかに成果主義が富士通に悪弊(あくへい)をもたらしたかが、元人事担当者として赤裸々に書かれている本なのだ。内部にいる人間が、「悪いものは悪い」と主張し始めている。行革事務局が、今回の「改革」でやろとうしている評価・実績主義制度は、こういう富士通のあとを行くものだ。とんでもないと言わざるを得ない。
 
 仕事を早めに切り上げて、西新橋に、飲みに行く。

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