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2004/09/30

虚妄の成果主義

 労働基準監督署やハローワークなどで働く職員でつくる全労働省労働組合(全労働)。今日のお昼休みは、本省の全職員にニュースを配った。「労働行政の民間開放加速」「日比谷公園で熱烈近鉄ファンらが集会」などの見出しが踊る。組合員が、毎月行っている活動だ。
 ニュースを配りながら広くもないフロアを見渡すと、職員みんなの机は、白い書類の山(まるで雪のようだ)。若い職員は、コンビニ弁当を食べ、脇のフロアで死んだように突っ伏している(疲れているんだな~)。あれあれ、昼休みに4人の島で会議をやっている人たちもいる(信じられない!!)。ここ、厚生労働省の入っている合同庁舎5号館別館は、日比谷公園に面しているが、いつも夜遅くまで灯りがついてることで霞が関では有名なところだ。民間企業のただ働きを規制している省庁のお膝もとで、ただ働きが横行しているなんて洒落(しゃれ)にならない。もう、そろそろ本気でなんとかしなくてはならない。
 …で、そんな行動が終わって、全労働が出している資料を読んでいると、いま話題の『虚妄の成果主義 日本型年功制復活のススメ』を書いた東大教授の高橋伸夫さんにインタビューをしているではないか!!
 高橋教授は、一言でいって、成果主義を導入しても企業は成功しない、ことを力説している。そして、労働者のやる気を引き出すのは、賃金ではなくて、仕事の「やりがい」「働きがい」だと喝破(かっぱ)している。そして、企業の内部で「ダメなものはダメ」と言う者がいないのなら、…みなさん、ここからが大事ですよ…「労組が発言するしかない」とまで言っているのだ。
 このことは、そのまま国家公務員が働く霞が関にも当てはまると思う。
 

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2004/09/29

ホントかよ、読売!!

 今朝の読売新聞の2面を見て驚いた!!見出しは、なんと「公務員改革法案、臨時国会提出は困難」。
 な、なんですと!?
 記事は、次のように続く。「…公務員制度改革関連法案の秋の臨時国会への提出が、困難な見通しとなった。複数の政府・自民党関係者が28日、明らかにした」。ふむふむ。
  人事評価の基準などを労使交渉・協議の対象にするかどうか労働基本権の付与をどうするかなどについて、政府と労組の折り合いが付かないためだそうだ。「労組」というのは、国公労連のことだろうか? 連合もそうだろうな…。しかし、この間の国公労連本部の追及は、誠実かつ精緻(せいち)なものだった。 
 自民党幹部は言う。「今まとめようとすると、労組に相当譲歩しなければならず、国会提出はとても無理だ」と。「小泉首相も、労組の理解が得られないままの国会提出には消極的だ」と言っているらしい。ホントかよ、読売!!
 しかし、この間の読売新聞は、公務員制度改革については、なかなか突っ走っていた。それゆえに、関係者筋からの取材ではあるが、僕自身、情勢の流動化については、肌で感じていたところだ(図らずも、過去のブログを読み返してみてほしい)。昨日の衆参すべての国会議員への要請文を読んでも、寒冷地手当の切捨てによる地方切捨て政策に対して、青森県だけでも全68自治体中44の自治体が反対決議を行っているし、第一、要請する側の僕ら国公組合員が元気なのだ。言いかえると、寒冷地手当の削減問題だけでなく、地域給や評価・実績主義の導入問題にしても、とにかく国側には道理がないという確信があるということだ。もっと言うと、僕らの側の方が現場を知っているということなのだ。
 まだまだ気を引き締めていかねばならない。
 秋期のたたかいは、行動・学習・組織化の3拍子で頑張っていきましょう。

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2004/09/28

第1次中央行動ルポ

 正午、黄緑の組合旗「国公一般」を持って総務省前に駆けつける。ぞくぞくと公務労働者が集まってくる。さあ、昼の集会だ。宣伝カーの上から、代表者たちが次々にマイクを握って、総務省に対して「人勧の完全実施をやめよ」などなど意見をぶつける。
 僕が注目したのは、大阪で年金保険料の納付と相談の受付をしている労働者の発言だった(いま批判されている社会保険庁の労働者か?)。
「国民から出てくる声は、保険料が高い、払えないという相談です。わたしたちは、一人ひとりの声に耳を傾けて、滞納者には督促(とくそく)や指導も行わなければならない。同時に、大阪では生活保護世帯が毎年5000ずつ増えていて、彼らに応対するケースワーカーは450人から増えていない。政府の基準では、あと250人必要なのだが、職員がメンタルの病気になったりして次々と辞めていく状態だ。1人の職員が、300人以上の面倒を見なくてはならない。こういう公務の職場に、行革事務局や人事院がまとめている成績主義が導入されたら、どうなるのか。効率化を優先すれば、時間と労力がかかる年金相談などやれなくなるだろう。数値化されれば、一件あたりの相談をどんどん短くしなければならない。弱者を守る公務の仕事には、成績主義は必要ない」
 すみやかに集会を終えて、僕は、社会文化会館(ちなみに会館は社民党の本部にありますが、労組とは何の関係ありません)へ移動する。会場は、1000人の参加者でいっぱいになる。産別代表の決意に力がこもる。「いまこそ、一人ひとりが古田になろうじゃないか」(自治労連)。プロ野球労組の頑張りが、僕ら公務労働者にも大きな勇気を与えてくれているのを実感する。古田、ありがとう。
 そうして、お待ちかね、衆参の全ての国会議員への突撃的要請行動が始まる。昔、全学連の要請行動をしたことを思い出す。実は、今年の夏にも全議員要請は行ったばかりだが、自民・民主・共産・社民の計50議員が請願を受け入れるという大きな成果を勝ち取ったばかりだった(所属政党という色メガネで要求実現の課題を見てはいけないということを思い知らされる…)。
 僕は、東北ブロックの青森県国公の人たちと行動を共にした。「寒冷地手当が半分に切り下げられました。再検討ください」「公務員制度改革は、慎重に議論してください」。要請文を手にして僕らは、秘書のみなさんに必死に訴える。しかし、青森県の全選挙区を制覇している自民党は(元厚生大臣の津島雄二議員、元文部大臣の大島理森議員など大物議員もいたが)、なかなか良い返事はもらえない。秘書たちは、「はいはい」と返事をするだけ。しかし、僕らの側が、気後れすることなく、堂々と請願を訴えた事実が、なにものにも代え難いものに感じて、負けてたまるか!!と思う。
 本部に戻って、今朝の新聞を読むと、小泉内閣について「身内内閣」(毎日)とか「使い勝手『優先』内閣」(朝日)とか論評されている。情勢は、実に流動的だ。気を引き締めてがんばろう。

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読売新聞を読む

 この間の読売新聞は、いろいろな意味で面白かった。
 まず第1に、プロ野球労組のストライキをめぐって、読売新聞は、露骨な反対論を唱えたくて、「ファンを裏切らないで」的なイメージで記事を構成していて、しかし、ファンは、「古田さん、頑張って~。ストライキ、応援するよ~」という立場に明確に立っていたのであって、読者としては、読売よ、お前、余りに無理があるだろう~、いかにも苦しい~と見抜いていた(同僚に聞いても、「いくらナベツネが悪者だからって、新聞まで擁護に回る必要はないのにな~」と言っていた)。
 第2には、公務員制度改革法案に対するスタンスだ。プロ野球選手のストライキを否定する新聞が、国家公務員の制度改革にどのような態度をとるのか? 17日付4面の状況記事に続いて、今朝の「社説」も面白かった。少し引用する。

 …問題は、能力・実績主義がうまく機能するのかどうかだ。公務員の仕事は、行政サービスから政策の立案まで、多種多様で、幅が広い。明確な評価基準をどう作るのか。だれもが納得できる公正な評価をどう下すのか。評価をどう昇任、昇給に反映させるのか。
 こうした点が曖昧(あいまい)では、新たな制度が出来ても、かえって混乱が生じる恐れがある。法案提出前は無論、国会審議でも議論を詰め、実効が上がるものにする必要がある。

 な、なんと国公労連と同じ見方をしているのだった(前段後段は、まずは置いておく)。
 そう、改革推進事務局がまとめようとしている改革案では、どのような評価基準を定めるのかがまったく曖昧なのだ!! もうちろん、この期(ご)に及んで、業務を点数化するなんてナンセンスだし、ビジネス誌『プレジデント』流の、「勝つ社員、負ける社員」「ダメ上司、デキル上司の条件」みたいなコピーがつくような職場でいいのか? という難しい問題が残るのが公務という分野なのだ。そういうことを理解した読売「社説」は、「朝日」より鋭い。公務に、露骨な「儲(もう)け」主義を導入したらどうなのるのか? みんな税金を納めなくなっちゃうよ(苦笑)。
 臨時国会に向けて、もちろん気を引き締めていかねばならないが、見せかけだけの「公務員制度改革」法案を葬(ほうむ)り去るために頑張らねばならない。
 さあ、日付は変わってしまったが、明日は、第1次中央行動だ!!

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2004/09/25

国公労連の仲間たち

 …すいません。
 さっきまで新橋で飲んでいまして、日付が変わってしまいました。

 今日の午後いっぱい使って、国公労連の各単組を回りました。
 主に、国公一般が組織対象としている霞が関一帯の単組です。経済産業省の組合、全経済。総務省にある全通信。国土交通省の全建労、全運輸、全港建。法務省の全法務。そして、厚生労働省の全厚生、全労働。そして、裁判所で働く職員の組合、全司法(ちなみに、最高裁判所にあります)。極めつけは、人事院職組です。国家公務員の身分を管理している側の人事院にも組合がちゃんとあるのです(サービス残業を人事院からなくせと奮闘中!!)。
 9月も下旬にさしかかっているというのに、霞が関は暑い暑い。ワイシャツが汗でびっしょり。しかし、単組の役員さんから本省の話を聞くと、一見、なんの矛盾もないように見える霞が関ですが、その底流には、(汗が引くような)さまざまなことが起きていることがわかります(後日、少しずつ書きますね)。そのことは、逆に言えば、国公労連の仲間たちの活動の意義が分かるということなんですね。
 国公一般は、国公労連の仲間たちの素晴らしい活動のノウハウをこれから学んでいくつもりです。

 先日、国公労連の定時退庁宣伝のビラを読んだある国家公務員から、「なぜ、労働基準監督署は、霞が関に指導に入らないのか?」とメールの訴えがありました。毎日、深夜までサービス残業を強制されている立場からいえば、当然の質問です。しかし、実は、国家公務員の身分というのは、なんと労働基準法の適用除外なので(それは、労働基本権がないということでもある)、厚労省が立ち入ることができないのです(驚き!)。つまり、霞が関は、最後の「聖域」なのですね。
 こういう不合理なことをなくすために、国公労連があり、各単組があり、組合員がいて、さらに組織を大きくしようと努力しているのです。

 前のブログで、「労働組合とは組織化である」と書いたけれど、だからこそ、国公労働者の組織化をすることが、相手(政府や人事院)に対して、要求を強く求めることができる唯一の保障なのです。先輩からは、よく、大きな団結こそ力、と言われます。

 さっきまで、仲間と飲んでいたけれど、みなさん、労働組合の仲間っていいですね~。

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2004/09/22

労働運動とは組織化である。

 タイトルの言葉を口癖のように言うのは、ジョン・スウィニーという労働組合活動家。アメリカのSEIUという公務員を中心とする労働組合の委員長だった人で、いまではナショナルセンターAFL-CIOの会長になってしまった。
 先日、全労連の方と話をしたとき、スウィニーのアシスタントを務めたハリー・ケルパーがまとめた「労働組合オルガナイザー養成マニュアル」という本の翻訳をいただいた。いま、懸命に読んでいるところ。SEIUは、この10年で倍増し、160万人の組織へと発展している組合で、その際、優秀なオルグ(なんという古い響きだろう?)をたくさん養成したことが勝因であったと、後藤道夫教授が指摘している(『月刊全労連』10月号)。労働市場が構造的に変わっているいま、その情勢に労働運動が追いついていない日本では、アメリカの労働運動から学ぶべき点はたくさんあると思う。だって、国民皆保険といった、これまで築いてきた社会保障制度の解体への道を含めて、日本はもろにアメリカ型社会へと変貌しつつあるからだ。
 「マニュアル」は、良いオルガナイザーの条件から始まり、経営コンサルタントとのたたかい、労使交渉のイロハまで多岐にわたるが、要は、どんな状況に直面しても、誰にでもわかるように「話し」「読み」「書く」という能力を身につけるということなのだった(笑)。そんなことができたら、医者はいらんわい!!
 しかし、しかし…、僕は、相手の気持ちをとことこん想像できる力を持ちたい。もちろん、そんなこともちゃんと書いてある。 

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2004/09/21

天下りは、全面禁止へ

 新聞報道によると(こんな枕詞ばかりですいません)、政府が10月の臨時国会提出を目指して作成している公務員制度改革法案に対して、財務、総務、経済産業、国土交通、農水の5省が天下り規制の緩和や見返りとして新たな天下りポストの創設などを求める文書を取りまとめているらしい(「東京」ほか)。なぬ? これじゃあ、昨年、「大学改革」とか言って国立大学を法人化したのはいいが、結局、文部科学省の役人の天下り先を増やしただけの「改革」と何にも変わらないじゃないか。国立大学法人は、いま予算は少ないわ、研究の自由さも失われるわで大変なんだから。「改革」っていう言葉には、本当に用心しなければならないな。
 能力・実績主義や評価制度をめぐっても異論が続出しているらしい。報道では、「内閣官房には文書のほかにも各省庁から数百件に上る質問が寄せられた」「法案化作業が難航する可能性が高まっている」とあるが、そもそも改革というのは、国民のためになっているかどうかが唯一の基準であるべきだ。天下りは、国民からすれば信じられない制度なのだ。あっちに行って2、3年で退職してウン千万円ものお金を懐にする…、そうして次へ次へと天下る。やっぱ、信じられない。
 こういう法案は、国会に提出する以前の問題だろう。実際、一般職員から見たら、本当に情けない。

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2004/09/17

魂焦がして By ARB

 今日は、仕事を終えて夕方遅く、JR新橋駅へ直行する。すでに全労連のみなさんが、プロ野球労組の署名を持って道行くサラリーマンの方々にペンを向けていた。そうなのだ、この時間、プロ野球労組が経営者らと交渉を行っているのだ。一方的な1リーグ制への移行を許さない、使用者の勝手な合併強行を許さない、プロ野球を愛するファンの声を背負い、我らが古田会長がスト権を懐にギリギリの交渉に臨んでいる。タイムリミットの午後5時を過ぎて、2時間の延長が決まる。
 僕は、プロ野球労組がつくった署名板をもって噴水前を歩き回る。「古田会長を応援する署名に協力くださ~い」「プロ野球を愛するみなさん、一方的な合併に反対しましょう」「いま、プロ野球労組は、全力で交渉しています」などと声を限りに、魂焦がして訴える。一部マスコミでは、日本で一番高給取りのストライキは許されるのか?などと揶揄(やゆ)されている、この問題だが、ことの本質はそんなところにはない。労働者が、憲法に保障された労働基本権に乗っ取って使用者と交渉する、その当然の権利について、「たかが選手が」とか「労組とは認めない」などと平然と不当労働行為を繰り返す使用者側の横暴を許すのかどうかなのだ。その意味で、民間労働者だけでなく国家公務員にとっても、古田選手らの紳士的に、堂々と、自らの権利擁護のために使用者との交渉に臨む姿が、それもスト権を圧倒的な支持率で確立して挑む姿が、自分のことのように頼もしく嬉しいことであるのだ。
 うお~、どんどん署名がたまっていく!! 
 酒に酔った赤ら顔のおじさんが、震える手で自分の名前と住所を書き込み、「オレ、古田、あいつ見てると泣けてくる」などと言う。若いOLは、「ナベツネとか、もう、許せないんですよ~」とカンカンになって署名する。
 僕の耳には、石橋凌率いるARBの「魂焦がして」とブルーハーツの「トレイントレイン」が交互にリフレインしている。

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2004/09/16

とりあえず…

 いま、静岡出張(一泊二日)から帰ってきました。
 国公一般の組織化(拡大)について、いろいろ考えながら新幹線に乗ったのですが、東京駅に着くころには爆睡していました(昨夜のお酒のせいか?)。そういうわけで、一日空いてしまいました。
 では、また明日!!

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2004/09/14

議員の質問ダイジェスト

 衆院総務委員会は9日午前、04人勧にかかわって閉会中審査を行った。ほとんどの議員の質問は、寒冷地手当てと地域給与「見直し」問題に集中した。「寒冷地での生計費を補填(ほてん)するための手当てとして定着しているものを今年の勧告で見直す必要があるのか。雪国では雪下ろしが大変な作業であり、とくに高齢化がすすむもとで負担は増えている。その点にも考慮したのか」(公明・河合議員)というように、与党からも人勧に対する疑義が提出された。
 民主党の稲見議員は、「給与構造の見直し」について、「見直しでは、本俸を一律に引き下げて、その(余った)原資で東京の給与を上げるならば、霞が関優遇そのものだ。特権キャリア制度を改めるべきとの国民の声とも逆行する」と、公務員バッシング世論に乗った(笑)、なかなかの質問だった。しかし、本省手当なるものについて、霞が関でただ働きさせられている職員は、注視している。
 「地域給与」問題に質問を絞ったのは共産党の塩川議員だ。「国家公務員の給与に地域差をつける道理はあるのか。大企業と地場の中小企業との『民民格差』が調査にあらわれただけではないのか」とズバリ。佐藤人事院総裁は「そのことは否定しない」「指摘いただいた点は理解できる面もあり、今後検討していきたい」と、とんでもない(適当な)答弁。塩川議員は、「地域給与の見直しは、公務関連労働者をはじめ、地域経済にも影響を与える。また、官民の賃金引下げ競争を招く。多くの問題点をもっており、引き続き追求していく」と締めくくった。
 そうなのだ。公務員の待遇と労働環境は、日本社会のモデルケースであり、公務が後退すれば全体が後退するという構造をもっているのだ。そういう意味では、公務は、日本社会全体の防波堤という意味もある、などと考える。
 
 

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2004/09/13

生贄 その3

 生贄としての公務員という問題は、根が深いのだ。

 マスコミの異常ともいうべきキャンペーンのお陰で、国民の生活への不満や不安が、一見、「安定」「高収入」と思われている(なおかつ、いわゆる「9時5時」役人としての)公務員へと集中している。僕から見ると、公務員の利点は、簡単にはクビにならないという身分保障だけだ。労働基本権はないし、5年連続の賃下げだし、深夜の霞ヶ関の官庁舎を見ればいいけれど、みんな、ほとんどサービス残業で働かされまくっている。国家公務員の自殺者は、1999年で約200人。もちろん心の病になっている職員も多く、今年3月、人事院がメンタルヘルスの指針を全国の職場に向けて、遅まきながら出したほどだ。ある省の職員さんは、僕に「こういう異常な霞ヶ関だから、不正・腐敗があとを絶たないんですよ」とささやいた。

 公務員を生贄にすれば、一時、国民の不満の捌(は)け口として機能するかもしれないが、結局、国民の不満の根源はなくならないのだから、小泉「構造改革」なんていう偽の改革ではない、本当の改革が必ず必要になる。

 新聞も、社会保険庁などの腐敗や郵政民営化を報じるのはいいけれど、どれだけ現場や窓口で懸命に働いている職員を取材しているだろうか? 圧倒的多数の、本当の公務員の姿を報じてほしい。

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2004/09/10

生贄 その2

 昨日の続き―。
 日航907便事故とは、いまから3年前、静岡県焼津市上空で、日本航空907便と同958便が異常接近(ニアミス)し、907便の乗員・乗客57人が重軽傷を負ったというものだ。検察は、管制官が誤った指示を出したから事故は起こったと主張するが、2002年7月に出された事故調査委員会による「報告書」は、原因は10項目にわたる「複合原因」によるものだと明らかにしている。また、「全運輸」は、管制官の「いい間違い」は、まれな現象ではなく、「日常的にみられる現象」としている。管制官の「間違った」指示を、パイロットには、自主的に判断して「正しく」操作する責任もあるのだ。全運輸の副委員長は、「この裁判については、パイロット敵視だという指摘もあり、機長組合のみなさんにも率直に相談しました。そのなかで、全運輸の主張を理解してもらえました」とのべた。空の安全を守る両者の熱い連帯を感じるものだった。
 立場は違うが、例えば、国立病院の医療現場では、看護師配置の少なさ、耐用年限の切れた機器、管理体制の弱さなどからさまざまなトラブルが起きている。そのトラブルの責任を、国家公務員である看護師にかせるのは間違っている。
 …で、僕が感じた事故の最大の原因について書く。事故が発生した関東南空域というのは、いつも羽田・成田航空で離発着する飛行機が錯綜(さくそう)し、当日は、なんと約500機に及んでいて、さらにさらに、民間用の空域が、広大な自衛隊・米軍の練習空域によって十分に確保されていないということがわかる。立体図で見ると、2機の民間機は、軍事空域の隙間を縫(ぬ)うようにして飛んでいるのだ(びっくりした!!)。この一点だけを見ても、管制官の個人的なミスだけを追及して再発が根本的に防止できるようなものではないと思うのだ。
 事件は、常に構造的なものだと指摘したのは、誰だったか。
 なんだか、松本清張の『日本の黒い霧』みたいになってきたな…。
(この項 さらに続く)

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2004/09/09

生贄(いけにえ)としての公務員

 ドキッとするタイトルをつけたが、現段階における公務員の状況を言い当てていると思う。

 昨晩、全労連会館で開かれた日航907便事故裁判勝利決起集会に続き、今日のお昼には、国公労連で、第1回公判報告集会がとりおこなわれた。いまから3年前に起きた日航機同士のニアミス事件において、国家公務員である若い航空管制官2人が、起訴された事件だ(明日、詳しく書くけれど)。僕は、航空管制についてはまったく素人であるけれど、検察が刑事訴追して、果たして同じ惨禍は防がれるのか? 空の安全は守られるのかという点から考えてしまうのである。車両の検査や航空業務に携わる国家公務員でつくる組合「全運輸」は、この事件の問題点を独自に解明しつつ、当該航空管制官に過失はないとして、控訴棄却の運動をすすめている。
 
 さて、今朝発売の「週刊文春」は、四国の自治体労働者たちの「怠惰な」働きぶりをフォトレポートしている。休み時間の過ごし方を問題にしているらしいが、あんたら記者だって、ホッと一息するときがあるだろう? と言いたくなる。かつて「週刊新潮」も総務省のロビーで「爆睡」している国家公務員の姿をフォトレポートしたものがあったと思うけれど、実際、僕があの辺に行って聞いてみたら、前日から泊まり込みで働いている職員が、つかの間体を休めるところだそうだ。地下には、泊まりの職員のための風呂もあるらしい。

 つまり、言いたいことは、生贄としての公務員ということだ。…誰のための生贄なのか?

 (この項つづく)

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2004/09/08

未来のキャリアたち

 人事院が、国家Ⅰ種試験に合格して新たに採用された若き職員に対して、就職意識を調査していて、なかなか面白かった。対象者は、749人。未来のキャリアたちだ。
 彼らは、なぜ国家公務員を志望したのだろうか。7割が、「仕事にやりがいがある」と答え、6割が「公共のために仕事ができる」と答えている(複数回答可)。民間との比較では、「給与」「勤務時間」より、「福利厚生」「留学」などの特性を優先しているのは、なかなかニュースだ。そして、何よりも、いまどきのキャリアと思わせるのが、過半数が、能力・実績に着目した人事管理に理解を示しているという点だ。何だか、公務員制度改革の先鞭(せんべん)をつけるような調査結果だな(笑い)。

 しかし、よ~く考えてみる。

 選択肢と思(おぼ)しき、「能力や実績のある者を登用すべき」「能力・実績に応じ給与や役職が下がったりしても構わない」などを見ると、普通の感覚で言って、当然マルをつけたくなるようなものだ。仕事を始めたばかりの若者が、職場の何たるかも分からないまま、失礼を承知で言えば、これまでの受験競争・成績主義の基準でもって(キャリアのキャリアたる所以が、これまで稼いできた学校での点数と偏差値なんだから)、これらの選択肢にマルをつけるのは、当然と言えば当然なのだ。彼らには、この選択肢しか選べない(笑)。ここには、難しく、ゆえに大切な「人間関係を考慮して判断する」などという選択肢はない。そういう意味で、最大の問題は、日常の業務・仕事をどのように評価するかという、極めて説得力のあるリアリズムで貫かれた選択肢がないということだろう(怒)。
 昨日書いたように、法務局の登記業務一つ取ってみても、数値化して評価を下すことは不可能なのだ。「あの人はデキル」という周囲の感覚は、数値には支えられていないのだ。
 僕の同僚(ちなみにⅡ種)だって、言いますよ。「キャリアのなかでも、デキル奴は、ホントにわずかしかいない」って…。

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2004/09/07

評価・実績主義って…

 政府がこの秋の臨時国会に提出しようとしている公務員制度改革法案なんですが、それをまとめる行革推進事務局は、民間に公務が出遅れているからという理由ではなく、「あくまで公務のパフォーマンスを上げるため」に導入・検討しているらしい(8月18日の国公労連との交渉で)。いつもは「民間準拠」というのに、成果主義賃金導入で成果なしといわれつつある民間を、ここでは出せないという意味か? 変に勘ぐってしまう。
 だって、おかしいと思います。この段階にいたっても、肝心なこと―どのような評価基準で評価を行うのか―が明確でないのです。
 先日、法務省の組合員さんと話したとき、彼は、「法務局の窓口の仕事において、実績主義っていったら、職員が一日何件の登記の手続きをしたか、なんていう数値ではかられるんじゃないかな? そんなことになったら、職員は驚くよ」と言いました。よくよく聞くと、一口に登記と言っても、善良な市民の相続に絡んだものから、ヤクザが絡んだ(一歩間違えば)法に触れるような案件まであって、一律5分で処理できるようなものではないというのです。しかし、どれも国民の大事な財産に関する業務で、手を抜くことはできない。
 別の省庁で働く職員さんは、「もう、新しいソフトの使い方なんか、隣の人に教えてなんて言えなくなっちゃう」と言ってため息をついていました。これまで築き上げてきた公務の職場の、協力・共同の体制が破壊されるというのです。 僕は、怖くなりました。評価基準も示さないまま、ただ闇雲に「公務のパフォーマンスをあげる」という強迫衝動だけで法案をデッチあげていくというやり方に…。 

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2004/09/06

公務員とは何か

 今日付の「朝日」が、社説で公務員制度について書いている。政府が、この秋の臨時国会に提出しようとしている法案のポイントを、能力・実績主義の導入と天下りの規制と特徴づけている。そして、「それにしても鳴り物入りの改革がこれだけとは寂しい。『公務員とは何か』を突き詰めないからだ。」と書いている。
 国家公務員とは何か? 何という古くて新しい問いだろう。「朝日」は、「政治的に中立を保ちつつ、専門性を磨いて政治家に判断材料を提供する。それがこれからの公務員の姿だろう」と締めくくるが、説明になっているだろうか?

 僕の理解で言うと、国家公務員というのは、いわゆる「公僕」で、国民のための行政を担う専門家のことだ。日本国憲法第15条は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とある。だからこそ、税金で賄(まかな)われているのだ。いま焦眉の問題は、果たして僕らは「国民のための」仕事ができているのかという問いだ。官庁は、不正や腐敗の温床ともいうべきものになっているし、医療問題や環境問題など後手後手にまわっているものも多い。消費税の導入なんて、大蔵の先導があってのものだ。もっと言うと、霞が関の職場は、民間には厳しく指導するのにお膝元ではまったく手がつけられていない問題がたくさんある。例えば、サービス残業のオンパレードだ。ここにメスを入れずに、評価主義を導入しても事態は悪化するばかりだろう。「評価」を気にすれば、ますます上を向いた行政しかできなくなるよ(怒)。

 「朝日」が、敗戦直後にあった公務員の労働基本権が、いろいろな経緯(マッカーサーに命令されたわけだけれど…)で公務労働者から奪われたことを知らないはずはない。半世紀経ったいま、国際機関であるILOが、公務員の労働基本権を回復せよと勧告していることも知らないはずはない。欧米では、公務員がストを打つのは当然の姿だ。国公労連は、日本国憲法で保障されている労働基本権を公務員に与えよと主張している。
 国家公務員が、自身の労働環境について物を言うこと、自身の問題としてとらえること。いま置かれている状況を国民に大いに知ってもらい、意見を聞いて変えていくこと。この経験を得ることが、いま公務員制度改革に必要なんだと思う。そうして初めて、国民の生活に目を向けた行政が可能になる気がするんだけど。
 そういう深いところを、もっと書いてほしいな~。

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2004/09/03

初めての財務省交渉

 初めて国公労連の財務省交渉に参加しました。
 これまで、全国の仲間たちが人事院や総務省、あるいは当局交渉にのぞみ、その内容を詳しくFAX速報にしたり、メールニュースにしたり、あるいは宣伝カーの上で報告しているのを聞いて、「交渉っていうのは、紳士的であり、ときには激しいつばぜり合いになるのだな~」と、半ば傍観者的に読んだり聞いたりしていたが、自分が参加するとは思わなかった。本のなかでしか見たことのなかったキャリア官僚のお出ましです(正直、驚きです)。
 国公労連側は、給与法「改正」などに関する要求書を提出し、寒冷地手当の支給地域・支給額の改悪をするなと訴えた。同時に、給与の地域間格差拡大や能力・実績主義の給与制度改革推進の促しや財政を理由にした定員削減をするなと主張しました。財務側は、「人事院勧告を尊重する立場」「民間準拠」「納税者の理解」をタテにして、なかなか発展的な議論にはならなかった。
 けれど、僕が大切だと思ったのは、国公労連側が、職員サイドからの意見を財務省のスタンスに反映させることはできないのかと問うたことだった。小田川書記長は、「財務省の言う定員管理の必要性は認めるが、職場には深刻な問題が起きている」として、霞ヶ関に限らず、全国の国公職場で無定量の超勤が野放しとなり、過労死や過労自殺、メンタルの病気が蔓延(まんえん)していると指摘した。これは、20年来から続く行革の末路だろう。
 いま、国公労働者の要求が、すぐに実現するという時代ではない。しかし、要求を高く掲げて、粘り強く交渉することの重要性を痛感する。

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2004/09/02

非常勤職員さんの思い

 霞ヶ関の公務の職場に、なくてはならない存在が「非常勤職員さん」だ。本人は、「アルバイト」とか「臨時です」なんて言って謙遜するけれど、れっきとした国家公務員なんですよね。彼女らがいなければ、霞ヶ関は回っていかないと断言できます。国家公務員の定員削減をすすめながら、増えていく膨大な業務をこなすために、国は、非常勤職員という(身分保障としては、極めて曖昧でズサンな)任用制度を利用し続けているのだ。
 省庁によっては、「職場の花」的な扱いで、コーヒーやお茶の用意やコピーや郵便配りをしてもらう「可愛い女の子」という程度の認識でいる職場もあるだろうけれど、最近では、総務部的な仕事や出先の窓口などへ行けば、正職員よりもスキルの高い非常勤職員はざらにいてバリバリ働いていることを忘れてはならない。彼女らは、先日開催した第3回非常勤職員交流集会で、「正職員と同じ仕事をして、なぜ私たちには交通費がでないのか?」と発言し、大きな共感を呼んだ。

 先日、20代の非常勤職員さん2人と食事をしたのだが、実は、彼女らは、国が一括して統一的な労働条件の下で任用しているのではないということがわかって驚きだった(もちろん国公労連本部は既に非常勤職員の実態を調査してまとめていますが…)。詳しくは書かないけれど、賃金から手当まで部や課でバラバラだと言ってもいいくらいなのだ。
 国公一般には、そんな非常勤職員さんも入ることができます。いわゆる「3年雇い止め」問題から手当格差の是正の問題まで、幅広く取り組んでいきたい。先日も国公労連本部に非常勤職員の女性が相談に来られました。話を聞きながら、いま公務の職場が厳しくなっているのを改めて痛感しました。
 よし、がんばるぞ~。

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2004/09/01

いま読んでいる本

 いま一生懸命になって読んでいる本は、2冊。
 一つは、神一行さんの書いた『大蔵官僚』(講談社文庫)。東京・神田の古本屋で240円で売っていた代物(かつ題名から分かるように約20年前に上梓された本)だが、とても面白い。約5%と言われる大蔵キャリア(そのほとんどが東大法学部出身)が、いかに、この国を支配しているのかを関係者の証言で浮き彫りにしている。本格的な感想は、後日。
 もう一つは、アメリカにおける労働者管理の状況を報告した『ワーキング・イン・アメリカ 新しい労働市場と次世代型組合』(ミネルヴァ書房)だ。いま、日本社会において公務の定義が揺らいでいる。税金で運営されていた公共サービスに、飽くなき利潤を追求する民間企業が参入しようとしている。いわゆる市場化テストをしてみて、コストの低い方に公共サービスを任せるという手法が、強引に実施されようとしている。民間労働市場の激変の次にきた波なのだ。国公労連は、この波をどう乗り切っていくのか? 
 本書は、変化する労働市場の先取り例としてのアメリカを紹介しつつ、これからの労働組合はどのような形態をとるべきのか?を考察したものだ。組合活動家にとっては、なかなか刺激的な内容なのだ。この本の本格的な感想も後日アップすることにしよう。
 読書の秋か…。

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